愛媛みかん宇和島みかんジュース
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ホームエッセイ
 第 1話     子供のころ    宇和島に住んでもう何十年になる。宇和島を離れたこともあったけどやっぱりこの宇和島が好きなのかここに住んでいる。海と山があり生活するにはとても便利で自然にも親しめるところです。ちょうどわたしの住んでいる三浦半島部は真珠産業とみかんなどの柑橘栽培などが盛んなところです。そういったところでわたしも育ちました。子供のころ海でおぼれたことも3回ぐらいは記憶しています。海でおぼれると上にあわがぷくぷくしているのが見えました。これもいい経験になり、小学校の2年生のときでしたかやっと海で泳げたのをおぼえています。犬かきからはじめて平泳ぎ クロールにいたるまで自分で研究して泳ぎをおぼえました。海が先生のような感じで自然と遊んでいました。高台から飛び込んだりシュノーケルをつかって貝などもとっていました。まるで野生人のような生活で夏が来るのが楽しく感じたものです。

 第 2話  宇和海に育って     わたしは宇和島市の三浦というところで生まれました。宇和島に縁があってこの宇和海を見ることができたのです。宇和海というとまず思いつくのが真珠 ハマチ 鯛などの養殖です。現に宇和島に有名な鯛めしというのがあるくらいです。真珠と宇和海のかかわりはもう60年ちかくになります。真珠は三重の志摩半島から宇和海の三浦半島につたわりました。育てるということについては人間でも 真珠でも 柑橘の苗木でも同じだと思います。自分が力をいれた分だけ育つのではないでしょうか。自然が育ててくれる真珠 柑橘などは宇和島の第一次産業の中心になっています。わたしも昔から自然は好きなので海だとか山だとかではずいぶん遊んだ記憶があります。特に海では小学校のころから船も運転していて貝などよくもぐってとっていました。宇和海を楽しんでいたというのが正直なところです。わたしも自然の中で育てられたのです。自然の中にいると何もかも忘れておもいきって遊べる気がします。子供のころから養ってきた感覚は大人になっても残っていて何か自然のダイナミックさと野鳥のこと空のこと山のことは子供のころの感覚となんら変わることもありません。わたしが柑橘の苗木を育てて思うことは手間暇かけて育てることは人間でも柑橘でも同じということです。おっきくなるにつれて育てる喜びを感じまた収穫のときのうれしさをあじわうことができます。うれしいこと 楽しいことを追求していくことは人生でも大切なことです。宇和海に育てられたと思うといい環境のところで育てられて育ってうれしく思っています。いつも思うのは宇和海との出会いとここ宇和島の人たちとの出会いは何か海が縁での出会いだったのかなと思うようになりました。宇和海に育ってよかった。宇和海の幸を多く感じられるように潮風を感じながら山を楽しんでいる自分がいます。

弟 3話     青い海     青い海と青い空の下で育った。海と山がある環境はとても気に入っています。公園とか人間がつくったもので遊ぶのは都会の感覚かもしれないけど、わたしは何もないところから自然の中で何かつくって遊ぶことが好きでした。海で遊んでいるとシュノーケルと水中眼鏡で見る海の中はまるで水族館にいるようにさえ思えるときがありました。海の水が塩辛いのも小学生のときに知りました。自分が体験したからです。 夏になると影を見るのも好きでこのような影はとてもたのしいものがあります。夏の影ってとてもきれいではっきりとしている感じがします。青い海で泳ぐのが好きでした。小学生のときに海で800メートルの遠泳大会というのがありました。小学校の前の砂浜から向こう岸の前に設置されたブイを回って帰るのです。保護者の方々が船で伴走して安全には気を配っていました。今思えばこの遠泳は自分と海をつないだものでした。わたしは三浦で海を見ながら育ったので海で泳ぐのには慣れています。小学生のころ泳いだ青い海はわたしを育て 自然にある貝 お魚 真珠も育てたのです。育てることはパワーがないとできないんじゃないかと思います。三浦の青い海はぎらぎらと輝いているときがあります。そのとき海も元気なんだなと思います。いつまでも青い海を見て元気でいたいと思うようになりました。

第 4話    同級生      同級生にもいろいろあるが、印象に残っているのは小学校はもちろん中学の同級生だ。中学は宇和島市内の城東中学に行きました。そのころは今のようにトンネルもなく通学バスは出ていたものの曲がりくねった道を40分ぐらいかけて通学していました。小学校のころは宇和島市内にも数回ぐらいしか出て行かない状態で宇和島和霊祭りとか夜市とか風邪を引いたときに病院にいく程度でした。ほんとうに田舎に住んでいたんだなと感心します。山道なので雨がたくさん降るとがけ崩れなどもあり中学にいけないこともありました。そんなとこで育ったわたしですが中学での出会いはたくさん会ったように思います。田舎者が市内中学にいくのはなんだかいやな感じでしたが、慣れると友達もたくさんできました。その人に出会ったのは中学1年生のときで3年間ずっと自分としては友達だと思っていました。その後クラスが別々になり話すこともあまりなかったのですが、高校なども別々なところに行きましたので、会うことはありませんでした。 人間の出会いとは不思議なものですね。それからまもなく20歳になり一度か2度会ったりしましたがそれ以来何十年も会っていないんです。出会いとは一瞬なんですね。

第 5話    北海道     北海道には一度だけ行ったことがあります。10月頃でしたかもう何十年もたちました。昔、 千春さんとかみゆきさんの曲もよく聴いていました。まさに 大空と大地の中でという曲は北海道をあらわしています。みゆきさんの根雪という曲はやっぱり北海道ですね。北海道というとやっぱり寒い 雪 などをイメージしてしまいますが広い大地 きれいに花が咲いているところを見るといいところだなと思います。わたしは愛媛に生まれたのでえひめの暖かいところ 海 山のあるところが好きです。田舎者のわたしですが田舎に育って仕事も農業ということで自然が好きな自分にはとてもマッチしていると思っているんですよ。北海道も広い大地でジャガイモなどたくさんつくっているイメージがあります。北海道というとどうしても 広い大地 雪 襟裳岬 などをイメージしてしまいます。

第 6話     ヨサク    ヨサクで思いつくのは北島 三郎さんの曲ですがこのヨサクは徳島から高知を貫く国道439号線のことだ。この道を走るとまさに山道で集落にも人がいるのかいないのかわからないぐらいに人も少ない。走るヨサクは300数十キロあって山間の細い道をぐるぐると走る感じだ。山道を走るのは慣れているけど知らないところを走るのは何だか不安を感じる。ヨサクにはもう何年かするとほろびていく集落もあるとかで、なんだかさびしくもあります。わたしたちの住んでいる集落もお年寄りがたくさんになってきて心配です。地方は田舎が多いけど田舎暮らしを楽しむには自然のことから勉強したいものです。たとえばこの山菜は食べられるのだろうかとか、自然暮らし マキで火をたいておふろにはいるところからはじめないといけません。そのマキももちろん自分で集めるのです。木はもともとエネルギーを生んでくれる便利なものです。自然に携わり田舎に住んでいると心も落ち着きをとりもどしまた人にもやさしくなれるものです。自然に接してくださいというのも何かの出会いがあるからです。このヨサクにも様々な出会いがあるのではないでしょうか。一度出会いをもとめてヨサクを走ってみてください。そこに何があるのかわかるでしょう。四国の439号線それは自然を謳歌できるすてきな場所のかもしれませんよ。

第 7話      温泉    夏はそうは思わないのですが温泉にはいりに行くのはいつも冬になってしまう。冬の温泉はとても気持ちがよくまた体も休められるような気がする。わたしの住んでいるちかくには温泉が3つほどある。 やすらぎ温泉 (津島) はま湯温泉(明浜) ぽっぽ温泉(松野) などです。おもいつきで行く温泉はとてもあたたかみがあり体がやすまるものです。特に冬は温泉らしい感じを味わうことができるのはとてもいいですね。サウナとかよくはいって汗も流しています。日頃ふと温泉に行くとわたしのように農業をしている人も多く柑橘などの話とか温泉でもよく聞いています。一番景色がいいのは明浜の潮風呂です。ここは温泉から夕陽が見られる唯一の温泉ではないでしょうか。とにかく温泉から海が見られて夕陽を楽しめる温泉です。ぽっぽ温泉は字のごとく駅の上に温泉があり山とか川の景色を楽しめます。わたしがよく温泉に行くのは健康のためときれいな景色を見に行くのです。みなさんも温泉などにいって安らいでください。きれいな景色も見られますし、温泉は元気になれるところではないかといつも思っています。元気でいてくださいね。元気でいることがしあわせだと思えるように今日も体を動かして山に行くのです。

第 8話      ひき潮     海で遊んでいると大潮と小潮という言葉をよくきく。よく潮が動くときが大潮でこのときはお魚もよくつれるというならわしのようなものがある。護岸についているカキを観察しているとよくわかるのですが、潮がひきカキの殻があたためられるとその満ち潮でカキが卵をはいているのを見かけたことがあった。これは大潮により卵をより遠くに運ばせるためにカキが行う自然の行為です。貝でもそうですが、かに等も大潮になると川から海に来て卵を飛ばせている。海の現象はこのようにいろいろなものに影響をあたえている。大潮になると月が満月に近くなりとてもきれいなつきを見ることができる。このリズムは自然が作り出したリズムでひき潮になると貝も浅いところに感じる。海を見ていると色も変わるし山と同じで四季があるように感じる。青いときもあればグリーンに見えるときもある。自然は色を変えるのだ。人間でも変化している人は何か違ったものをもっていてオーラを感じるものだ。いつまでも輝いていたいと思うのはひき潮が満ちるときの、帰ろうとするときの感覚なのだろうか。帰ろう 帰ろうと歌ったさださんの曲を思い出します。ひき潮の勢いは人間の気持ちを変えていくようで、もとにもどろうか・・・変わろうかと言っているような気さえします。

第 9話       真珠     宇和海を見て育ったので真珠の貝柱はよく食べました。最近では高価な値段になっていますがまだみんなが知らないころ真珠の貝柱の料理はとても気に入って食べていた。一番シンプルなのが塩こしょうで焼いて食べるのとねぎとあわせてくしざしにして食べるのが好きでした。バター焼きとかねぎとしょうゆ お酒 などいれて煮て食べるのもいいのですが、それとなまでも酢味噌でシンプルに食べていました。もともと伊勢志摩から宇和島に真珠がつたわってからもうかれこれ60年近くになるのではないでしょうか。宇和島では産業として発展し今では宇和海真珠といったら宇和島の名前がでてくるぐらい有名になっています。宇和島もパールビズでなんでもいいのでひとつ真珠をつける習慣をもつということでわたしもたまにつけるようにはしているんですよ。山はしているものの真珠をつけるのはやっぱり自然のものなのでいいよということで・・・まあとにかく宇和島に来たら真珠貝の貝柱を食べてみることをおすすめします。1月頃に来ると売っているしお店などでも食べられるのではないでしょうか。なぜ冬なのかというと、その時期が真珠の浜揚げの時期だからです。都会ではなかなか食べられないものでとてもおいしいのがこの真珠貝の貝柱なのです。わたしは焼いて塩こしょうなどでシンプルに食べるのが好きですね。

第 10話       紫陽花     梅雨になるときれいに咲いている。青いのがあったりピンクのもの 紫のものいろいろな花が梅雨の時期を楽しませてくれる。梅雨の雨の日は仕事も休みなので温泉などで体を休めている。温泉の周りにはやっぱりこの紫陽花が咲いていた。紫陽花の花は土の窒素などの影響で色を変えるといわれている。雨の日に公園とか日本庭園(宇和島津島の南楽園)などは紫陽花とか楽しむことができまた雨の日でも緑を楽しむことができる。広い庭園を歩いていると管理している木の剪定などが勉強になるしまたおっきな木を見れてパワーももらえます。池には鯉がたくさん泳いでいてえさをやるとわれもわれもと口をぱくぱくさせている。何年物なのかな・・・おっきな鯉だなと感心する。庭園を歩くのは散歩にもなるし運動になるので体にはとてもいい。晴れた日などは最高に気持ちがいいだろう。紫陽花の花が目を楽しませてくれる。雨の日の楽しみといえばこれぐらいがいいのかもしれませんね。みなさんも運動に公園など散歩をおすすめします。雨の日は、紫陽花のきれいなところでね。

第 11話       蝉とり     夏が来ると思い出すのは竹で蝉をとったことだ。今はあまりこういうとりかたは見かけないのだが、3~4mぐらいの細い竹の先にハエとり紙のねばったものをすりつけて蝉にあててとるのだ。夏になるとくま蝉のようなおっきな蝉をこれでとっていたのを思い出します。山での遊びも海での遊びも積極的なわたしでした。とにかく小学生のときは遊んだ記憶がよみがえります。学校の宿題は放課後にすませ遊びを楽しんでいたように思います。昔は田んぼも多かったせいかわらもたくさん積んでありわらの上でもけっこう遊んだ記憶があります。・・・ということで蝉とりとかとんぼとりなどいろいろなとりかたがありますが子供のころにすべてマスターしました。トンボとりはごまちょうを麦のくきなどに縛ってとんぼがついてきたところをぱっととります。子供のころは道路もまだ今のように整備されていなかったのし、田んぼなども多かったのでとんぼとかかえる めだかなどはよく見かけていました。子どものころのわんぱく時代が今も懐かしく思えます。時代の流れは早いですね。蝉とりの思い出と三浦の同級生の思い出と今はとても懐かしく思え運動神経も遊びの中から生まれ自然が好きな自分も子供のころ自然と遊んだからかなって思えます。今、わたしが農業をしているのは実は天命なのかもしれませんね。農業をしていてよかったねといえる人生にしたいと思います。

第 12話      ウグイス     柑橘栽培をしていると野鳥の巣に出会える。時にこのウグイスの卵を発見し観察したことがありました。ウグイスの卵は茶色い色をしていて4~5個ほど産んでいました。静かに何日間か観察し雛が生まれてからも真剣に観察していました。野鳥の雛の巣立ちはとても早く感じ少し目を放した隙にもう巣がからになっています。ほかの野鳥でも卵を発見して次に見にいったときは卵がなかったこともありました。どこかに移動したんでしょうか。・・・・というわけで野鳥はとても敏感でびっくりさせてはいけません。ウグイスの雛も一度おっきくなり人間がさわると親が警戒して雛を逃がす行為に出ます。ので巣立ちはとても早いのです。ニュージーランドにいる野鳥は人間によくなれています。それは、天敵がいないからです。天敵がいるところではとても神経が過敏になるのがわかります。・・・ということでウグイスですが無事旅立ったのですがちっさい時はチャッチャッとなきます。おっきくなるとあの鳴き声になります。ウグイスを観察できて写真にも収めていますが、ちっさな赤ん坊のようなときから観察していましたのでとても勉強になりました。その分仕事がおろそかにはなりましたが・・・

第 13話      伝馬船     海とは幼稚園のころからの付き合いで海を見て育った。気がついてみれば海が目の前にあり自然と親しみを感じたものだ。伝馬船にのったのは小学生のころです。伝馬船とはちっさなというより14フィートぐらいの船に櫓がついている船のことです。船外機がついているわけではないので、自分で櫓をこいで進む船のことです。小学生の頃見た海はとてもきれいで青くすんでいました。この頃の遊びといえば伝馬船をこいだり、山をかけまわって基地などをつくってみたり、自然の中で遊ぶのが好きだったのでちょうど三浦に生まれたからかなと今になって思うようになりました。伝馬船を操るのははじめはなれないので、船を回すこととか少し技術がいるのでそれは体が覚えていったような気がします。伝馬船にのっていると自然に力もついて足腰が強くなるように思います。今はさがそうにもそういった船は少なくなって・・・あまり見かけなくなりました。今の時代には船外機など動力を使った船が多いですね。コンビ二といっしょで便利なものは使われますし、使われないものは姿を消していく。使っているうちが花なのです。海でおぼれたことも何回もあったけど、海はいろいろなことをわたしに教えてくれた先生です。海に親しみ山に親しめるのはここに生まれたおかげだと自然に感謝しながら伝馬船とのレトロな思い出も忘れずに・・・

第 14話      宇和島駅         人口8万ぐらいの市にしては立派な駅だなと思います。オレンジを貴重としていて見た目とてもきれいな駅です。駅を降りると目に付くのがやしの木です。駅前に何本あるのか数えたことはないのですが、南国らしい風景をかもしだしています。宇和島駅の好きなところは、やしの木をイメージしたものや真珠をイメージしたものとか汽車もかざってあり闘牛もいます。これだけ有名なものがある駅も珍しいでしょう。たまに景色を見に駅に来ますよ。駅というのはその街の顔とでも言うのでしょうか。宇和島の顔が出ているように思いますね。駅を降りて走るやしの木の通りは左に商店街がのびています。ここも宇和島にしては立派な商店街です。昔の宇和島の駅のネオンが懐かしく感じます。今のような立派な駅でなかったころの宇和島の時代・・・とても人は多く活気があったんでしょうね。レトロな宇和島をさがしに行ってみたいと思います。まだのこっているのかなあ・・・懐かしい宇和島。いろいろと便利になるにつれていいものもなくなり、新しいものに変わっていきます。今の時代を象徴しているのが携帯電話です。だんだんと公衆電話ボックスも少なくなってきているように感じます。駅に降りて故郷を感じるときそこから誰かに電話するのはほとんどが携帯からなのは時代の流れなのでしょう。駅が変わり少しずつ人間の文化も変わっていくんです。レトロなものも大切にしたいですね。駅から見る景色にも昔の景色もあり新しい景色もあるのです。

第 15話      かき氷         子供のころ割りばしにかき氷をにぎったようなものに蜜をかけて売っていたところがあった。今頃はもうなくなったのだが懐かしい。アイスクリームも卵のようなゴムの袋に入ったものがあった。今では考えられないようなかき氷とアイスクリームだった。お店ではくじなどもあり10円でくじをひくのが楽しみだった。夏になると海で泳いではのどがかわくとかき氷など食べていた。今の子供はスマホゲームとかで遊んでいる子が多いのではないだろうか。塾とか習い事が多いのも今の特徴だ。日本の教育は記憶する教育が多い。アメリカでは体験を重視するようだ。子供のころはよくひざをすりむくことが多かった。それはよく走ってころぶというよりこけることがおおかったせいかもしれない。今の子供たちは昔に比べると運動神経も少し劣っているように感じるのはこのせいなのかもしれない。よく走りよく考え体で覚えることが今の子供たちには求められているのかなと思います。かき氷を食べると思い出すのは海 山で遊んだわんぱく時代です。

第 16話      うさぎ         たびたびであった訳ではないのだが、最近ウサギが増えてきた。柑橘の苗木の被害が多くなった。ウサギのえさは柑橘の柔らかい芽が好きみたいで、茎のところからよくかじっている。ウサギのちっさいころはリスにも顔がよくにていてかわいい。ウサギが多くなったのは、自然界に天敵がいなくなったせいというのが原因にあげられる。つまり生活がしやすくなったのだ。環境がよくなると増えてくる。人間社会でも環境がいいところに集まるので人口が増えてきます。わたしの住んでいる宇和島市はすこし人口が減ってきているので住みにくくなったのかな・・・みんな他の街へと移動しているのだろうか。宇和島のいいところは海と山の幸がおいしいことと、自然が多いことかな・・・自然の中ではウサギも人間も平等ですが人間は自分の住みやすい様に自然を変える。ウサギは野山をかけまわっているのだろう。最近ウサギの子供をよく見かけるのです。このウサギも子供で親からはぐれたのかな・・・とてもかわいいウサギでした。今はウサギにとって環境がいいんでしょうね。人間社会もどんどん便利になり、コンビ二なども増える傾向みたいですが、ファーストフードは健康にはどうかなと思います。食事のバランスが一番なので食の環境を考えて、よくして元気でいてください。このウサギたちのように増える環境をつくっていきたいですね。ウサギも今の環境は最高だよと言っているような・・・

第 17話      マンモス         ちょうど宇和島から30分ほど下道を車で走ると宇和町にこのマンモスがいました。宇和町はもともと田んぼが多く昔は卯之町といってたぐらいですから、うさぎも多かったのかなと思います。このマンモスはわらでできていて、とてもおおきく2頭いました。こういうマンモスをつくるのはとても大変だろうなと思うのですが見る人にとってはとてもいい芸術品です。冬になってもこのマンモスがいたらびっくりしそうですね。宇和町といえば南予ではh田んぼの面積が一番多いのではないでしょうか。九州に行くときに八幡浜に抜ける道路のところにいるマンモスですが、これは宇和町のマンモスということでとても有名になってほしいと思います。街を盛り上げるのはそこに住んでいる人の情熱だと思います。情熱を燃やそう。マンモスに感謝!!

第 18話      高島         宇和島沖に浮かぶ島の中でこの高島ですが、ここからは宇和海が一望でき有名な段々畑も見える。シンボルは緑色の灯台だ。このあたりはお魚もよく釣れるし真珠養殖とか魚類養殖が盛んなところです。宇和海を船外機で走ってみるとこのあたりから見える景色は絶品でとてもきもちがいいんです。海を走るのは凪のときが安全で落ち着けます。宇和島を海から見てみるとつまり角度を変えて見てみるとまた楽しいものです。高島には何もないのですが昔海水浴場があり泳ぎに行った記憶があります。セカチューの小説にも出てくるこの島ですが、無人島です。ここから三浦方面 宇和島方面の景色がとてもきれいに感じます。宇和海を走るのは子供の頃から慣れているので、海の特徴とか宇和海にどんな魚がいてどんな貝がいてというのは手に取るようにわかるのです。自分の庭のような感じです。自然はいつも同じ景色はありません。毎日が同じようでぜんぜん違った景色です。この青い海  緑の山  青い空 もうすぐ夏ですね。宇和海を走ってみませんか。そこにはあなたが知らない世界が盛りだくさんです。車で走ることが多いわたしもたまに宇和海を走ると違った自分を見つめなおせるような気がして・・・

第 19話      山        わたしも山にはよく携わっているので山の気持ちはすこしはわかります。なぜあんな高い山に登るのか。スイスのアイガーとかヒマラヤはもちろん、特に雪山はとても大変なように感じますが山の頂上に登った人でないとわからないものがあるんでしょうね。安全には気をつけたいものです。山の楽しみは咲いている花とか道 自然の中の植物とか動物 昆虫などとの出会いなど、農道などを散歩することからはじめて運動がてら野山を歩くのはとても体にもいいと思います。山の楽しみはまず無理をしないことが長く続けられる秘訣かなと思います。山道を歩いて楽しむことからはじめるといいでしょうね。アルピニストになるのではなく、歩きニストになるのです。簡単な単純なことでも長く続けていると少しのことでもためになるものです。わたしはみかん山によく行くのですがそこから見える海  山  空 特に夏になると青いのでとてもきれいですよ。 いつも見る景色は同じ景色はありませんので、毎日が景色との出会いだと思って見ているんです。人間も何でもだと思うんですがすこしの気の持ちようですごく変わってくるものです。すこしのことからなんでも楽しんでください。いろいろな山の楽しみもありますが、山は高い山ばかり登ればいいというものでもなく、山の楽しみは自分にあった山を意識して登るようにして下さい。今日登る山があるとすれば、宇和島では宇和島城などに登り散歩がてら自然を楽しむのもひとつの自分の楽しみにしています。自然との出会いは自然の中を歩いていると自然が無理しないでねといってくれるような気がするんです。それは自分に対する自然のやさしさと自分の心がそういう感じになっているんだと思います。自然の気持ちがわかるようになるには、自然に接しないといけません。 わたしはみかん山によく行っていますので、みかんの木の気持ちもよくわかるんですよ。夏にいつもよく思うのは、こんな暑いところに移動できないみかんの木は何も言わず頑張っている。人間ならとっくにクーラーの中へ飛び込んでいる。そういう面では人間は贅沢にできているなあと思いますね。自然の気持ちがわかる自分でありたい。山はそれを教えてくれる先生です。

第 20話     芸術         宇和島に映画館がなくなってからもうかれこれ5年ぐらいだろうか。なぜ映画のような芸術が育たないのだろう。映画を見に行く人が減っているところではDVDとかにおされて映画館のようなすばらしいスクリーンが姿を消していくのは何だかさびしい気持ちです。映画館がないようなところに芸術が育つのだろうか。わたしの住んでいる近くに段々畑のすばらしい自然の中の芸術品がある。これは人間が積んだもので石のピラミッドのように感じる。最近、観光バスもよくはいるようになっている。てまもかけないと芸術は生まれないというのがよくわかります。サッカーのゴールでもゴールが生まれるのには動きひとつにしても芸術のような動きをしています。つまりゴールも芸術なのです。同じような方向 スピードの強弱 裏に出るボール。同じ動きをしているようですが、ゴールが生まれるときは、人の見えないところにボールが出て一瞬の時間でゴールが生まれます。斜めに動くその動きとステップに実はおっきな変化をつけているのです。そういう意味でゴールも芸術といえるでしょうね。同じような動きの中から一瞬で消えて前に出るのです。人間でも同じ方向を向いていたのでは同じです。同じ方向から前に出るのは一瞬同じ動きに見えますが、そこからパスを出しボールを見ながら前にななめに走るとか違った動きをしています。その動きは実はすこしのことをてまをかけて何回もチャレンジしているのがわかります。人間社会でもすこしの細かい動きをいかにできるか、その積み重ねではないでしょうか。石を積んでいくのもそうですし、サッカーのようなゴールが生まれる動きは、パス&GOのなかからその動きを繰り返して行っています。何かが生まれるときには変化の中からそれは生まれるものなのでしょう。花をいけること。ゴールをとること。絵を描いたり、写真を撮ったりするのもその感覚との出会いが必要です。山を歩いていても木のはえ具合とかいろいろ観察しているとそれも芸術のようでたのしいですね。自分の身の回りの芸術をさがしに行きましょう。それは自分さがしにもつながります。人生の中にも芸術品をつくってください。人生の芸術品は自分にしかできないものです。いつまでも元気でいてください。人生もパス&GO

第 21話     老人ホーム         最近老人ホームなどの福祉施設の建設がやけに多くなったように感じるのはわたしだけだろうか。いい年になってくると若い頃には考えなかったこともつい考えるようになる。年金もそうだ。若い頃は年金の話にもあまり興味がなかったのだけど、いい年になるとその話も多くなってくるのがなぜなのかわかる。老人ホームにしても地域にやけに子供の声がなくなったなあと思うのは、地域の人口が減ってきているのと若い人が少なくなってきているということです。老人ホームはいずれわたしたちもお世話になるかもしれない施設ですがやけに宇和島でも多くなってきているのは、まさしくお年寄りが増えてきていることをあらわします。最近の老人ホームは個室と2人部屋などがありマンションのようにきれいだ。一人で住むより安全で楽しいんかなあ。お年は誰でもとるのですが、いつまでも自分は若いと気持ちだけは思っています。老人ホームで会う人々にもいい出会いがありますように・・・ある意味人は年をとりみんな老人ホームに近ずいて行くのかなと思うと、体が動けるうちが花。一生懸命働けてありがとうといいたいですね。老人ホームというところには、サンドウィッチマンさんのようなお笑い芸人さんなど人を笑わせる芸人さんが合う様な気がする。明るく行こうよ笑ってみようよ。年をとると笑うことも少なくなるのはと、楽しみがすくなくなるのと、人と接することも少なくなっていくのかな。若い人に会うと元気をもらえるのはそれだけパワーを感じられるのは・・・希望をもっているし、夢も   楽しみも・・・   老人ホームにいくとさびしくなってくるのは、人との出会いを考えるせいですかね。時間をたいせつにしたいですね。一生の時間はみんなちがうんですよね。

第 22話     カレーライス           浜ちゃんと槙原 敬之が歌っていたチキンライスという曲があったと思うけど、カレーライスもみんな食べたことあるよね。母がつくってくれたカレーライスとサラダが好きでよく食べていました。わたしはどちらかというと辛いほうが好きなので辛いのをつくってくれたときは3杯ぐらい食べていた。昨日のように感じるあの味が体にしみてくる。子供の頃の読み聞かせは、子供にとっては遊んでいるように見えてもよく聞いているものです。カレーライスにしても子供の頃食べた味は忘れられないものです。カレーライスときくとなぜか一般的だと思うしローカルだと思うんですが、カレーライスほどシンプルで味がはっきりしているのも珍しい食べ物だと思いますね。カレーライスはその人によってその味も変わるしつくった人の気持ちが現れるものです。辛いからカレー!!って思えるライスなのですね。昔つくってくれた母の味がよく現れていて今でも思い出になっています。小学生の頃よく運動場で遊びころんでどろまみれになって、自転車にのって帰って、巨人の星などを見ながら食べたカレーライスが今でも忘れられないのはそこに、人間味があるからです。人間と人間、の味がカレーライスにはあるような気がします。あのチキンライスの曲の雰囲気のような・・・

第 23話     夏          夏になるとよく思い出すのは海で泳いだことと ぜんご(アジの子供)とかアジなどのお魚釣りをしたことです。いつも海が前にある風景の中で育ったので海はいつも見ていました。海を見ない日がないくらいでした。夏が近くなるとぜんごがよく釣れるようになります。それは海の水温が春先からどんどんとあがってきて、ちょうどよい環境をつくりますので、お魚の子供がよく育つようになります。ぜんごがおかでよく釣れるのはプランクトンがおおくなるのとそれをおって、小魚がはいってきてそれをまたおうようにぜんごとかアジなどのすこしおっきなものがはいってきます。それを人間が釣っているだけなのです。ぜんごはおかの筏で(木で造った枠)よく釣っていました。ぜんごなどを釣ってくるとよく母がさしみにしてくれたり、てこねずしとかにしてくれておいしく食べていました。海が前にある環境はわたしにはよくあっていて、子供の頃海で遊ぶにはとても楽しい思い出をたくさんつくってくれました。夏になると思い出すのは夕暮れまで泳いでいておっきな船が通るときに波に乗りに行くのが楽しい思い出でした。海で泳いだおかげかどうかわかりませんが健康でたくましく育っています。夏って暑いけど暑いから海で泳げますし、楽しみもつくってくれているんだと思います。日本は四季があるので楽しいですね。そしていろいろな四季の自然の食べ物をおおくとれますので、健康になれるのかなと思っています。自然のフィールドで遊びも仕事も一生懸命できるのは子供の頃、夏に元気に遊んだからだと今でも思っています。わたしも四季がある日本に生まれたので四季を大切にして四季を楽しもうと思っています。

第 24話    四万十 とんぼ公園        ず~と前だけど四万十のほうへドライブしたことがありました。中村のほうとかへいったときトンボ公園というのがあってそこにはトンボの環境がたくさんあっていろいろなトンボが見られたように思います。川沿いの近くにある(四万十川)このトンボ公園は高知の中村というところにあったように思います。ずいぶん前の話なので今どうなっているのかはわかりませんが・・・きれいな川とそれにかかる橋。こちらの虹の森公園とよくにた環境だと思います。山があって川があるのは独特の山間の環境で、カヌーとかあゆつりとか、うなぎなどをとっているのをよく見かけます。わたしが海の近くに住んでいてお魚を釣るのと同じ感覚ですね。中村に行ったときキャンプ地ではトマロットというところがあってそこは海の波の音がしていて太平洋が見渡せてとてもきれいな海だったのを思い出します。前よりトンボが少なくなったなあと思うのは田んぼが減ったのと、トンボにあう環境がなくなってきているのかなあと思います。オニヤンマとかおっきなトンボはほんとうに見なくなりましたね。トンボ公園にまた行きたいなと思うのは、トンボがたくさん飛んでいて、トンボと友達になれるからですね。自然を見る力は子供の頃、野山で遊んだから養われたのだと思っています。自然を大切にしたいと思います。

第 25話     あこや貝         あこや貝とは真珠をつくるもとになる貝のことです。宇和海に真珠が伝わってからもう60年近くになる。ちょうど日本にビートルズが来日してから50年ぐらいだからその10年ぐらい前からということになる。ラジオでも昨日はよくビートルズがよくかかっていたので、昨日が50年の来日の記念日だったのかもしれない。そのときのテレビの中の記憶では、ビートルズが女性ファンにおっかけられているイメージが強い。テレビというのはすごく情報が伝わる現代の情報箱だ。宇和海であこや貝が育ち真珠になるまで1年から2年を要する。つまりかなりの時間を要して真珠はつくられている。あこや貝にいれる核(貝でつくられた白い丸いもの)は1個入れと2個入れがあって1個入れは、8ミリから10ミリくらいのサイズとなります。2個入れはどの核を入れるかにもよりますが、7ミリから8ミリくらいのものが主流だと思います。自然の中でつくられる真珠はとてもきれいで高価に見えます。人間でも美しい(心も)人にはオーラがありパワーを感じるものです。真珠をつくる人たちわたしのようにみかんなど柑橘を育てる人たちも情熱がなければいいものもできません。趣味にしてもそうですね。テレビでも情熱大陸という番組がありますが、その中に出てくる人たちの共通点はやはり情熱とパワーです。あこや貝を育てる人たち真珠を育てる人たち長年かけて築き上げてきたものには伝統があり輝きがあります。昔の時代と現代・・・あこや貝はいつも同じ形をしていますがなかみは強く 宇和海の海の時代を知りつくしているんでしょうね。ビートルズが来日したころは、当然携帯電話もなく テレビも白黒がほとんどだったような気がします。時代は変わっていきます。それに人間もついていかねば・・・

第 26話    蜂の巣         夏が近くなるといつも蜂の巣に出会う。というのは夏になると摘果の作業をしないといけないので、みかんの木などに蜂が巣をつくっているときがあるからです。知らないで手を伸ばすと顔などをめがけて勢いよく飛んできます。顔などさされたときは、はれあがってくるのであぶないですね。蜂にさされたときは注射を打ったように痛くなり激痛が走ります。すぐに冷やしていると収まっては来るのですが、翌日にははれあがってきます。蜂も今頃が巣をつくる最盛期なのでしょうね。蜂の巣を見つけたときはキンチョールなどをふきかけて袋などにいれて撤去しています。のけないと次に行ったときにまた被害にあうからです。気をつけたいですね。えひめもだんだんと暑い日がおおくなってきました。夏になるともうひとつ気をつけるのが熱中症です。水分をこまめにとって疲れたら木陰でゆっくり休むようにしているんです。蝉の鳴き声が聞こえてくる頃には夏が始まります。オレンジ色のトンボも早いですがこの間見かけました。蜂蜜の箱などがよく設置してあって蜜蜂などが集まってきています。ミツバチはとてもかわいく思いますね。一生懸命働いているからです。蜂蜜はりんごにあわせるととても体にいいそうです。夏は食べ物もなるべく野菜とか肉とかバランスよく食べるようにしています。オレンジジュースなどもとてもいいですよ。蜂にさされると思うのは蜂の巣を人間がさわると蜂も一生懸命巣をつくっているので、おこって攻撃してきているんだなということです。人間社会でもこういうことはおこることなので注意したいなと思いました。蜂さんありがとう。

第 27話     線路         宇和島から松山まで汽車で1時間20分ぐらいです。宇和島から高速ができたので車でも1時間30分もあれば松山までいってしまいます。どちらにしても短時間で松山までいけるのはありがたいです。いつも思っていることは、汽車だと景色もこまかく見れて楽しむことができます。車でも運転手がいればゆっくりと景色を見られます。時間がスローになればなるほど景色とか楽しめますし早ければあまり落ち着いていられない感じになりますね。スローに過ごすことをおすすめします。スローというのは散歩したり歩くことで自然を楽しめること。時間をゆっくり使うことです。ゆっくりとした時間の中ではいいアイデアが浮かぶことがあります。時間に窮屈でいると自分をしばってしまいいいものも生まれてきません。時間をスローに使う意識をもちたいですね。朝食でもいまはコンビ二とかのファーストフードなど使っている方が多いでしょう。時代が便利になるにつれ昔の習慣もなくなってきます。何かを捨てているということです。無駄なものを捨てるのはいいことですが、いい伝統 習慣のものを捨てるのはよくないことですね。昔から日本では朝は味噌汁、野菜 つけもの 梅干 ごはん ・・・と決まっていたような。 宇和島駅から見る線路はとてもいい顔をしています。ここからスタートするんだなという顔です。線路がいくつもに延びている風景はとても心が和らいで洗われるような気がするものです。駅前の 汽車には番号が 51だったかな。あのイチローと同じ番号です。(まちがっていたらすみません。)闘牛とかもいますし、とてもきれいな場所で宇和島駅に来るとすごく落ち着くのは駅の色です。レンガ色のオレンジがよくはえます。線路を撮っていると人生の道のような気がしていつも見ています。みなさんの人生の道は真っすぐですか。曲がりくねってますか。・・・

第28話      田舎者          都会と田舎とでは時間のスピードがすごく違っていると思う。交通機関にしても都会で20分ぐらいでいけるところが田舎では1時間かかることもある。田舎に住んでいると野鳥の鳴き声で目がさめる。ふと緑の中に目をやると啄木鳥等が木をつついている。電車の音もなく聞こえてくるのは草刈り機の舞う音か野鳥の声である。のどかだ。広い畑にはお米なども実ってきている。畑を耕すのは、田舎だけかと思ったら都会に近いところでも結構たまねぎとか野菜などたくさんつくっているようだ。最近ではビルの中で野菜もできるんだとか。水耕栽培なのかな。田舎に住んでいて思うのは自然のパワーを感じることと、時間もスローでのんびりしているところがとてもいいと思います。田舎者になろうと決めたときから田舎者に徹するようにしています。たまに都会に出て行っても都会人のようないいかっこうもせずただ普通に自然に 行動しています。田舎者とは自然人間ということです。自然の中から出てきた人間。田舎とは人間が生きていくために畑を耕し野菜 お米 などをつくりアウトドア的なところかなと思うんですよね。都会者になると自然に接することは少なくなり、また食べ物にしてもファーストフード的なものに縛られてきますね。田舎者になるのは実は食べ物がおいしいからなんですよ。みなさんも田舎者になろう。  

        第 29話     影          ものがあれば影を映し出すことができる。特に夏になると影がとてもきれいに見える。これは太陽の光が強いせいなのかなといつも思う。影はどこに行ってもついてくるし同じ行動をする。山の影、雲の影などが夏はよく観察できる。雲の影が海に写っているときはそのあたりだけ影になりとても涼しい。影は人を休ませてもくれる自然の中のクーラー室なのです。夏は暑いですね。それと決まっているのが自然の影の色は黒だということです。テレビでは赤影 白影とか忍者のがあったような気がします。影と聞くと、 ねえきみ二人でどこへ・・・と歌っていた 井上 陽水さんの曲のフレーズを思い出しました。夏になると影がきれいと思えるのは、そのものにもよりますがとても芸術のように見えるからですかね。皆さんが見るいろいろな影。 きれいな影でありたいですね。きれいな心をもちたいですね。

第 30話    滑り台          ふと思ったんだけど海に飛び出せる滑り台つくってみたい。それも三浦に三浦といえば海が目の前にあり海も穏やかなのでぜひつくってみたい。海に飛び出せる滑り台はL字型のもので滑ると少し浮く感じのものがいいと思う。気持ちがいいだろうなあ。これができたら最高に楽しい海の遊びができると思います。つくりたいですね。

第 31話    夏祭り          宇和島の夏祭りといえば牛鬼まつり(昔は和霊大祭)です。今はガイヤ(うわじまの熱い踊り)とうわじま音頭(うわじまの元祖の静かな踊り)のふたつにわかれます。がいやとは宇和島弁ですごいの意味。あの宇崎 竜童さんが作詞 作曲したうわじま独自の有名な踊りです。もうあれから30年ぐらいになるのかな・・・覚えていない。 時の過ぎるのは早いですね。時代の流れはとてもスピードがあります。今は夜市といって土曜になるとうわじまの商店街もだんだんとにぎやかさをとりもどしています。ゆかたなどで歩くのもいいですね。夜市に行くと亀レースとか金魚すくいとかいろいろ出店などもあってとても目を楽しませてくれます。昔、子供の頃から学生のころはよくいっていたんですが、今は行くことが少ないですね。うわじまの熱い夏!!今年は伊達400年際の年でもあり盛り上がってくるんじゃないですかね。宇和島に遊びに来てやといいたいですね。九島大橋の開通も大きな話題でしたし・・・海すずめの映画もいい話題になっています。うわじまがもっと盛り上がればいいですね。地元に住んでいてうわじまの自然 人 街 ・・・昔と今 ・・・時間は待ってくれませんね。変わりつつある宇和島をわたしも楽しんでいます。

第 32話   堀江 謙一さんに出会ったこと        堀江さんといえば19フィートのヨットで太平洋を渡りサンフランシスコまでいった人だ。あの頃は夜に出ていったらしい。それほどヨットの太平洋横断には無関心な頃だったのかもしれませんが・・・今でもサンフランシスコにあの19フィートのヨットが展示してあるらしい。アメリカという国は、自由の国なのでパスポートがなくても上陸させてくれたらしいですね。堀江さんはあまりおっきいという感じはなかったですが芯はある人でした。鉄人・・・堀江さん 海が好きで風が好きな人、誰でもヨットにのっていれば自由を愛しますね。堀江さんに会ってサインをもらったのは平成11年のこと今が平成28年なので早くも17年前のこととなりました。時間 時  ・・・・を大切にしたいですね。時の過ぎ行くのは一瞬のように感じます。人との出会いでもその人に出会えるのはそのときだけかもと思うと時間を大切にしたいと思う気持ちが一番大切なのかもしれないと思うようになりました。みなさんも時間を大切にしてそのひとときを楽しむよう心がけてください。人生は自分の心がけ次第に動きます。みなさんファイト!!

第  33話   ちょうちよ        夏になるとよくちょうちょを見かけるようになる。このようなあげはちょうとか黒い色をしたものカラフルな色のものとか・・・・蝶は海を渡ってくるという。こんなに軽い蝶だから海を渡れるのかなと思うんですが不思議ですね。そういえばまだツバメもいますね。つばめも遠く何千キロから4月はじめ頃飛んできて寒くなる前に帰っていきます。空を見ているといろいろな鳥がいて川辺でもときどききれいなカワセミを見かけます。ちょうちょは菜の花が好きなのかな・・・夏はいろいろな蝶に出会える季節なのかもしれませんね。人間の出会いにしても蝶との出会いにしてもそれは一瞬のように過ぎていきます。わたしは自然が好きなのでいつも山に行くと出会いを楽しみにいっているようなものです。今日は何に出会えるのかなと思うだけで楽しさも増してきます。みなさんもいろいろな出会いがあると思いますがその出会いこそが自分の人生には大事なものだと思えることが楽しみを見つけるヒントなのかもしれませんね。出会いを大切にしてくださいね。そして蝶のしあわせも願ってあげられるような人間になってください。自然は豊かなこころをつくり野鳥 蝶などの空を飛べるものも自由に育てているのです。わたしもそういう意味では自然に育てられているのです。菜の花に止まるちょうちよは自然を楽しんでいるように見えました。空を飛べるのはとてもいいですね。自由とはなんなんでしょうね。

第 34話   エネルギー         カラータイマーが点滅して3分しか戦えなかったウルトラマンがシュワッと言って宇宙へ帰るのはエネルギーを補充できるからなんですかね。エネルギーがなくなるとカラータイマーが知らせてくれていた。怪獣も3分ぐらいでかたずけられていたような・・・ エネルギーは力を出させてくれる燃料のようなものなのか。。暑い日に草刈をして麦茶を飲むのもエネルギーをたくわえるための補充だと思います。夏は特にばてるので水分を補給したいものです。自然の中に出ているとみかんの木とか自然の木などは土からとか自然の雨とか肥料など、そして太陽から元気を取り戻しているのかなと思っています。特に太陽は自家発電などで家の電力などにパワーを与えてくれる。ソーラーパネルをよく見かけるのはそのためなのか・・・ウルトラマンが地球から宇宙へ飛び立つときのシュワッは人間に元気でいてくれとはげまして帰っていっているようにも見えます。エネルギーとはそもそも元気を与えてくれる薬のようなものなのか・・・カラータイマーが点滅しないように日々元気でいたいものですね。

第 35話    おっさん        いつの間にか自分もおっさんになったんだと自覚するときがある。自分より年上のおばあさんのような人におじさんと呼ばれたときはがっかりする。そんなふうに見えるのかな・・・反省しないとと思う。精神的にはまだ30代ぐらいかなと自分では思っているのですが・・・容姿は正直なものですね。誰しも若いと言われて怒る人はいないし親切なやさしい言葉をかけられて怒る人もいない。おっさん不思議な言葉だがおばあさんにかけられる言葉としてはまだお兄さんぐらいでいいのではと思っています。年をとるのはみんな同じだし一生の時間は人それぞれ違うのだが、時間の使い道も年をとると充実したものにしたいものだ。できること、できないことあると思うけど年をとったら積極的に外に出てやりたいことやってほしい。それがまた長生きの秘訣でもあるのだ。楽しいことをたくさんもっている人は長生きをする・・・と自分では思っています。自分はいつまでも若いと思っていようと思います。昨日で出会ったおっさんと今日出会うおっさん。いつまでも元気でいてくださいねと言われているようないないような・・・ みなさんが出会うおっさんは若々しいですか。いつまでも若々しいおっさんでいようと思います。人間は容姿より気持ち!! それではお元気で・・・

第 36話    ねこ        トムとジェリーが仲良くけんかしていた頃のねこはよくねずみを捕っていたように思う。今の猫は人間にかわれているため野生本能はおとるしどうみてもねずみに遊ばれている。俊敏性がなくなるのはねこも肥満になるし今のねこはどうみても運動不足だ。人間でも運動不足になると足腰も弱りコレステロール値があがり中高年特有の成人病などをひきおこします。ねこでもそうですが運動不足になると自分でえさもとれなくなるしスローな動きしかできない。人間にかわれている猫。家の周りにもねこをよく見かけるのですが・・・よく人の庭に遊びに来ている。暖かいところが好きでよく玄関先で寝ているときもある。猫ブームなのかなとも思うのだけど猫はよく見るとかわいいところもあり最近飼う人も多いと聞きますが飼ったら最後までたいせつにしてほしいものです。近所の猫はよくふとっていて管理がいいし散歩もしているようだ。ねずみをくわえて走っている猫はずいぶん長く見てない。猫には人間が安らげる何かをもっているんでしょうね。 いいトムを飼ってしつけてあげてくださいね。トムとジェリーのように仲良くけんかして走っている猫になれるよう、そして人間もそのようになれるよう今日も自然の中へ・・・

第 37話     プリン        プリンという言葉にはプリント プリン体 プリン プリン いろいろあるけどプリン体の関係のするビールとか焼酎などよく見かけるようになった。それだけ通風になる人が増えているのかもしれない。通風とは足の親指がはれてきて歩けなくなる病気で注意しないとほんとうに痛い病気だ。痛風になると字のごとく、風が吹いても痛いというぐらいいたい病気なのです。痛風にならないために血液検査をして数値を7以下にする必要があるしまたほかの病気にならないよう健康には気をつけたいものです。最近聴いた曲で空とぶプリンプリンというのがありましたが、これはNHKのみんなの歌でよく流れているようです。明るくて楽しい のりのいい歌ですね。プ ププと何回言っているのか数えたくなるような・・・あのオフコースの鈴木 康博さんの作曲だとか。なんか楽しい曲は元気をいただけるものですね。すこしでも元気をいただけるようみなさんも明るく生きましょう。音楽を聴くのは実は健康にもいいことだと自分では思っているんですよ。プリンが空を飛べばおもしろくて、楽しいじゃないですか。プリン プリンなぜかはりのある言葉だと思いませんか・・・人生楽しくがもっとうです。空飛びたいよね。

第 38話   カー 商店街        商店街を歩くのはお祭りのときか夜市のとき・・・よっぽど商店街にあるお店にしかないものでしか買い物をしなくなった。ひとつの理由は車社会になってきたことだ。車があるとどこにでも気軽に行けるし駐車場なども広いスーパーとかコンビ二、電気店など便利になってきている。商店街になるとまず駐車にこまるのと気軽に車を止めてということにならない。今はおまわりさんも昔よりきびしくなってきているし、うかつにそのあたりに駐車しているとレッドカードになることも・・・・商店街を歩くと楽しいけど最近空き店舗が増えているのに気がつく。時代の流れだろうなあと思うのだけど何か考えればお客さんももどってくるのではないだろうか。宇和島の商店街は誰が見ても立派な商店街です。きれいだしおっきいし。車で郊外を走っていると街並みがもう車でいける商店街のようになってきた。どこでも気軽に止められ、入れるお店もたくさんになってきた。つまりカー商店街になってきたのだ。宇和島でも新橋から保田にかけてのあたりはそうなってきたように感じる。あのあたりを走るとたいがいのものはそろうし便利である。人間は便利にすると便利なほうに行く。時代が少しずつ変わってきた。便利な世の中になるにつれて時間も有効に使えるのですが、そのスピードについていけるかどうか心配です。歩くこと(商店街) 車にのること(カー商店街)のどちらを選びますか。カー商店街に行くことが多くなったのはやっぱり便利なのと時間がかからないこと。すぐに車にいけるのでいいんですよね。カー商店街になりつつある街をわたしもめぐっているんですね。時間を大切にしましょう。そして自分の人生もカー商店街へ。

第 39話      元気         元気というのはどこからくるのか・・・・健康 心 体 いつも思うのは元気で働けてしあわせということです。何事もちっさなしあわせに感謝できるかできないかだと思うんですよね。しあわせは身近にあるといつも思うようにしています。元気ということは健康であると同時に心もきれいだということです。いくら元気でも人の悪口ばかりいっているようではだめです。健康ということは人に元気を与えることもできるのです。言葉がけひとつにしても人を元気にできます。そして自分はいつも明るく いいことを考え、ついていると思えることが大切です。逆境に会ってもそれは同じです。人との出会いでも明るい人 自分に勇気を与えてくれる人 いいリズムを与えてくれる人 生きていくヒントはどこにでもあるのです。元気でいるということはとても大事なことです。元気な人といつもいると自分もげんきになれるものです。元気な人は人も元気にできます。自然の中にいても野鳥の声に元気をもらい青い空に 青い海に 緑の山に元気をもらえます。健康になるのはイコール元気になってくださいねという自分への叫びのようにとっています。一年に一度は健康診断に行って自分のデーターを分析しています。数値を見て健康管理をし来年は体重を少し減らそうとか食事を変えようとか考えています。みなさんも自分の健康について少しでも気をつけるようにしてください。元気とは楽しみをつくり気持ちを明るくし、心をきれいにし、 人を上気元にしてあげられるももです。しあわせは身近にありそして元気も身近にあるのです。今日も元気で働いています。元気に感謝ですね。

第 40話       海がめ         小学校にプールがなかったので海で泳いでいました。泳ぎをおぼえたのは小学2年生のときでした。それまでは何回か海でおぼれかけていたこともあったんです。今のように暑い夏に真っ黒に日焼けして遊んだ夏休みが懐かしく感じます。少年時代はとにかくよく遊んだ記憶しかありません。海を見ない日がないくらいここは目の前が海です。白いくらげとか茶色いくらげとか海での出会いもたくさんありました。海がめに出会ったのは数年前で亀の足には番号がついていて海がめ協会で調べてもらったら沖縄の石垣からの訪問でした。三浦の海に海がめがやってくるのはとても珍しいことです。かめはくらげも食べますし、かになども食べます。結構おっきなかめでした。1メートル30センチぐらいは会ったろうと思いますが・・・石垣から宇和海までどのようにたどりついたのか・・・・おそらく黒潮の流れを利用し自然を利用してここまできたんだと思います。海がめさん出会いをありがとう。よくきたなといって海に戻してあげたのが最近のように感じます。自然との出会いに感謝しまたいい人生を送れるよう元気でいたいですね。海がめにのって竜宮城へいける日を楽しみに・・・

第 41話     伊勢志摩の思い出         小学生の頃伊勢志摩で泳いだことがあった。伊勢志摩の海は砂浜がとても広く何キロもあるような砂浜が多数存在する。こちらで言えば徳島か高知のあたりの海岸を予想していただいたらいいと思う。遠浅でとても泳ぎやすい浜辺だった。太平洋に面している砂浜の海岸はサーファーも多く来ている。夏になると大阪とか名古屋などの都会からおしよせてくる。伊勢志摩のあたりはとても景色がきれいで自分ではとても気に入っていルところが多いです。このあたりは国立公園にもなっていて観光客もとても多いところです。家族で行った砂浜は一度だけでしたがわたしの思い出になっています。海の青さ 空の青さ 夏特有の風どれをとっても志摩にはいい風土が残されています。おっきくなっても何回か志摩をおとずれました。いつかまた行ってみたいなと思うのは、伊勢志摩がわたしの第2のふるさとだからです。ふるさとはいいものですね。何かわたしの中に行ってみたいと思わせるのは先祖の思いなのかもしれませんね。

第 42話     かかし         元気でいるか 友達できたか・・・・かかしを見るとこの歌詞を思い出す。さびしくないか お金はあるか 今度いつ帰る・・・お盆も近くなってきたんだなと感じる。案山子を見るのは三間の方を走っているときと津島のほうにもあるようです。誰がつくったのか味のある案山子だ。かかしの文字の中に山があるのはそのせいかもしれない。山のほうでしかなぜか見かけない。山間部の三間の方は今では高速が走りとても便利になってきたところですが、案山子もそう思っているんだろうな。道路がつくと不思議に人が押し寄せてくる。それほど道路のパワーはすごいものがある。宇和島の九島大橋がそのような状態になってきている。道がつくと観光地でなかったものが観光地になっていく。わたしの住んでいるところも昔は市内までバスで50分ぐらいかかっていたのが今では20分ぐらいで行けるようになった。いつまでも昔の考えでいるとおいていかれる時代になってきたのだ。携帯電話もそうですが情報がとびかうjようになり、道ができ  いつの間にか年をとり老人になっていく。子供がどこで遊んでいるんだろうと思うぐらい見かけなくなった。案山子を見るとほっとするのは人に出会えた安心感だろうか・・・安心の安に木の文字がはいっている。はやくにぎやかだった頃をとりもどし子供の声が聞こえるような田舎になればいいと思うのはわたしだけだろうか。・・・都会に行くと人はたくさんいるけど案山子を見てみじかに感じるのは案山子のやさしさだろうなと思います。老人になっても案山子という歌のように元気で友達をたくさんもちたいな。・・・さびしくならないように

第 43話    感謝        ちっさなことにも感謝の気持ちを持ちたいと思います。最近は何もかもが便利な時代になり、てまをはぶき、時間をかけて取り組むことも少なくなりつつあります。それゆえ昔のような輪という感覚はなくなってきているように感じます。てまをはぶいてくると当然人間同士の話し合いとかなくなってきますし、コミニケーションの取れない時代になってきているように感じます。子供を育てるのもそうですが親とのコミニケーションがないと大人になってからこまるというようなことが数々あります。若い親が子供を育てていくのはなかなかだと思うのですが、今は特に核家族化していますので昔のようにおばあさんが孫をよく見るというのはすくなくなってきたんかなあと感じています。いっしょに住むことによってプラスの面もありますがまたその中にはいらないことも聴かされていやなこともあると思いますが、それは言葉を気をつければいいことだと思います。いつも優しい言葉、人を傷つけない言葉、うれしくなるような言葉を投げかけてあげてください。何事も少しの感謝がないと、あたりまえになってしまったのでは意味がありません。わたしも最近は特に言葉にはそのように注意をしています。いい言葉にはいい人生がやどり、いい言葉はいい運をもってきます。運とはいい言葉の積み重ねと、いいこころつかい、いい行動から生まれてくるものではないでしょうか。いいことには感謝の気持ちが必要です。少しのことから、いい感謝をし自分を見つめなおしてみてはいかがですか。

第 43話  ひこうき雲        わたしの住んでいる田舎はひこうき雲がよく見える地域です。この夏は特に空が青いのでいいひこうき雲に出会うと一直線にきれいなひこうき雲が見られます。気持ちがいいですね。朝早くおきて空を眺めるのが好きです。その日の空はその日にしか出会えないといつも思っているので、いい空に出会えたときはとても気持ちよく仕事もできます。自然の中で働いているので飛んでいる鷹とかとんびとか鷲とか野鳥などとても気になります。朝早く山に行くと野鳥の鳴き声がすごいんです。朝ごはんを食べているんでしょうか。ひこうき雲ときいてユーミンのひこうき雲という曲とか海を見ていた午後という曲を思い浮かべました。ソーダ水の中を貨物船がとおるの見たことありますか。その時間はとても優雅な時間で一度経験してみたいものですね。ソーダ水の中をひこうき雲というのもいいのではないですか・・・夏の雲は積乱雲が多く青い空でとてもつよく感じます。みなさんも青い空に浮かんでいる雲に・・・筋を引いているひこうき雲にパワーをもらってください。夏の空は最高です。いい出会いはいい人生をつくります。昨日出会った景色にはもう出会えないのです。いいひこうき雲に出会えたときも出会えないときもいつもついてる自分を想像するようにしています。みなさんにもいい出会いがありますように・・・

第 44話    夏休み        夏休みになると何をして遊ぼうかとよく考えていた。海と山の自然に恵まれたところで育ったので、釣りをしたり泳いだり 山をかけまわったり 泥んこになって帰ってきたのを覚えている。ひざをすりむくのもしょっちゅうだぅたし、よく自転車にのっていたのも思い出す。自転車を一生懸命こいで夕暮れに帰ったのが今のようだ。ウルトラマンとか 巨人の星などがテレビで人気だった。そういえばサザエさんも今でもテレビでよく見ます。平凡な家庭の平凡な生活がいいんでしょうね。サザエさんを見ているとなぜか安心感があるのは・・・昔の家庭の様子だからですかね。最近では核家族化が進みあのような会話が少なくなってきているんでしょうね。夏休みときいて宿題には絵とか夏休帳などがあって最後のほうであせっていたのを思い出します。夏はやっぱり麦藁帽子にすいでで、ちょうちょとかトンボ せみなどをおっかけた日々、船外機にのって貝とかもぐってとっていた日々。楽しい日々が思い出されます。夏って暑いけど暑いからいい思い出ができるんでしょうね。日焼けもしますし汗もかきますし、サザエさんのようにいい輪ができるのが夏休みです。夏を楽しみましょう。それではいい夏休みを・・・

第 45話    映画館       宇和島に映画館がなくなってから数年経つ。映画館がなくなるのは何が原因かと考える。スマホとかDVD ・・・家庭でもテレビで観られるようにはなっているが、実際のスクリーンで観る映画はとても迫力があり満足感があります。映画を観ない人が増えるのはゆとりがなくなってきているのかなとも思うのですが・・・。この間南予文化会館でも海すずめという宇和島の景色の見える映画が上映されました。たくさんの人が観に来ていたようなので映画を観る人も結構いるのかなとも思ったのですが、はやく宇和島にも映画館をたててほしいと願うのはわたしだけだろうか。今の時代はとても便利な時代なので映画館もコンパクトに人の集まるところに設置したいところですね。松山のエミフルのようにひとつの商店街(モール)になっているところは人も集まりますしまた映画を観に来る人も多いですね。海すずめは宇和島をモチーフとした映画ですが、早く宇和島の映画館で映画が観られる日を心待ちにしています。映画館ってやっぱり夢があるし夢があるところに芸術は育ちます。今ではシン ゴジラとか・・・何を伝えたいのかがよくわかるんじゃないですかね。

第 46話   お盆      お盆になると夏のいい風がいい雰囲気をつくってくれます。お盆ごろがいいですね。何か思い出が浮かぶのがこのころです。生きていた頃の思い出がなぜか浮かんできます。都会から田舎へと帰るのはふるさとがあるからですね。わたしの住んでいる三浦は海があり山があり田舎ですが環境はとてもいいところです。海では今、アジの子供ぜんごなどがよく釣れます。鯛などもいますよ。わたしも船をもっているのでたまに海を走るのはとても気分転換になりストレス解消になります。お盆になると盆踊りなどが開催されなくなった方を供養します。生きていた頃というのはいうなれば活躍していた頃若い頃の思い出がたくさん思い出されます。みんな同じ年をとりますがいつまでという保障はどこにもありません。生きている時間生きている一瞬の時間 出会いを大切にしたいと思います。昨日であった人にまた会えるかというとそうでもないのです。みなさんも出会いを大切にしてください。お盆に思うのはそういう出会いとか今、生きていても会えない人もたくさんいるんだと確信します。同じ地域にいてもなかなか見かけない人、会えない人もたくさんいるように思います。そういう意味でお盆は人に出会う出会える大切な時期かもしれないのです。お盆の時間を大切にしたいと思います。

第 47話   運動会      9月になると運動会が催されます。運動会といえば昔ははだしで走っていたような気がします。地域の小学校はどこも人数が少なくなってきて今では地域の人たちといっしよに運動会を楽しむといったようなところが増えているようです。それと5月ごろなぜか運動会をするところもあります。涼しいからでしょうか・・・それとも勉強の関係でしょうか・・・別の話になりますが夏になると遠泳大会というのがあり海を800メートルぐらい泳いでいたように思います。今では危ないからやめましょうとなるでしょう。たくましい小学生を見かけなくなったのは時代の流れでしょうか。水泳教室とか体操 ダンス教室 勉強の塾などがふえてきて習い事が多い子供たちはなかなか外で遊ぶ姿もみかけなくなりました。人数が少なくなったせいもあるんだけどね。そういえばわたしももう運動という運動といえばみかん山に行って園地を歩くぐらいしかできない状況でなんだか運動を本格的にしたいと・・・オリンピックなど見ていると思いますね。気持ちは若いですけど体力がついていかないでしょうね。そういいながら体のことを考えれば運動は一番いいことだと思いますね。運動会をしていた、している自分はもう走れるだろうか。運動は毎日少しずつがいいですね。無理をしないように。野生の動物はいつも運動をしているから元気なのかなと思います。体を動かしましょうか老化防止のために・・・運動会はそのためにあるんかなみたいな?・・・

第 48話   顔      小学校の卒業記念に自分の顔を彫刻して残しました。ちょうど統合の頃の小学校だったので今は取り壊されてしまいましたが新しい小学校にまたかけさせていただき今も残されています。もう何十年もたっているのにすばらしい記念です。わたしたちの同級生はたしか32名。小学校を訪れるといつも32名の顔を見ています。懐かしいですね。小学校のときの顔と今の顔やっぱりどこか似ているんですよね。あの頃の自分にあえる唯一の時間です。

第 49話  セカチュー       これがセカチューの島です。三浦から見える島の形はこんなにでこぼこしています。遊子(ゆす)の水が浦に行くとまたちがったセカチューの島が見られるのです。不思議ですね。三浦半島部をドライブするとちょうど津島のほうへも抜けることができますし、こもぶちのほうへ行くルートもあります。楽しいですよね。海を見ながらドライブできるのは心がなごむものです。段々畑には海からも行ったことがありますがとてもいい景色で宇和海の潮風も感じることができます。どちらからのドライブもわたしの庭のようなところなので安心して行けます。ちょうど宇和海をはしっていると真珠筏とか鯛 ハマチなどの養殖筏がたくさんあってそういうの見ると第一次産業で頑張っているんだなと自分も頑張ろうと思えるんです。このセカチューの島はいつも見ていて海の色空の色がかわるとまた違った顔を見せてくれるので楽しみにしているんです。宇和島はお魚とか柑橘がおいしいところなのでぜひみなさんも観光に訪れてください。三浦半島の自然の風がさわやかにあなたを出迎えてくれることでしょう。自然に感謝したいですね。ありがとう自然!!

第 50話   主人公       自分の人生の中で今の職業に出会ったのはラッキーだと思う。自分の人生は自分で切り開いていくことも大切です。その中で人への感謝の気持ちがなければなりません。人は自分ひとりでは何もできないというか何かの力によって支えられているんだなということがわかります。わたしの場合農業をしているのですが、これは小学生のときからすでに決まっていたように思います。小学6年生のときに書いた文集で 太陽という題名でしたか・・・お百姓さんが雨がほしければ雨を降らせてあげたいと書いた記憶があります。きっと遊んでいる中でお百姓さんの気持ちを感じ取っていたのかもしれません。サラリーマンをしていた頃はそうでもなかったのですが、それが職業になると雨のありがたみがわかります。人間社会でも誰かにお世話になりそのありがたみがよくわかる年齢になってきました。みんな自分の人生のなかでは自分が主人公で活躍されているんだなと感じています。今思うと自分の人生は小学校6年生のときに決まっていたように感じてなりません。自分の書いた事は神様がみていてくれて実現するんだなということがよくわかります。わたしが農業をしていて気がつくことは自然への感謝と自然のありがたみです。そして一番は人への感謝です。主人公とはみんなの力でつくられるものであるしまた自分でつくるものでもあるのです。皆さんの人生の中でいい主人公をつくり上げてください。それが自分の人生にプラスになると思いますね。楽しいこと うれしいことをあたえられる主人公になってください。自分の人生に感謝!!

第 51話   平凡        平凡に生きていくことはとても簡単なようで難しい感じがする。平凡とは何だろう。千春さんの歌にも平凡とある。うれしいことをうれしいと思い しあわせを身近に感じ 楽しいことを淡々とやる。平凡とは・・・仕事にしても一生懸命働いている姿はとてもきれいだ。何の職業にしてもその職業に情熱を燃やしプライドを持てる人生にしたい。平凡に生きることは穏やかで 波の立たない 水平線のような感じなのだろう。水平 地平 平行 ・・・上下のない関係が平凡に生きることなのだろう。幸せになろうと思うのは自分の気持ちを切り替えていけばなれるのです。しあwせは身近にある。平凡イコールしあわせになれるようみんな一生懸命生きてください。そしてうれしさ 楽しさ を見つけて自分の人生にありがとうといえるように・・・平凡ということは実は平常心にもつながっているのかもしれませんね。リラックスしてたまには遊んでくださいね。カラオケでもいいじゃないですか。千春さんの平凡という曲を歌ってみてください。しあわせを感じられるかもしれませんよ。

第 52話   距離        誰にでもある距離。しあわせを遠くに求めないことにしています。しあわせは近くにある。人間同士の距離って難しく考えると難しいしシンプルに考えることにしている。距離を置いて落ち着いて考えること誰にでもある距離ですが気の合う人はとても近い距離に感じ気の合わない人はとても遠くに感じる。不思議ですね。昨日出会った人昔出会った人 昔同じクラスで勉強した人 仕事で出会った人 人間の出会いとは不思議なものです。自然との出会いでもその景色に出会えるのは1度しかなくそのときは一瞬のように感じます。わたしの人生の中で出会った人たちを考えるとき距離の遠くなった人、距離の近い人 いつでも会えると思っていた人が今はもういなくなっていることに気がつきます。自分の人生に出会える人のなかで笑いをもっている人 楽しい人 人はそれぞれ個性がありその個性が人を引き寄せるのです。個性とは 気性 気持ち リズム波長 話していて楽な人というのは気性のあう人でリズムのあう人なのです。大切にしたいですね。遠くに住んでいる人で気の会う人に出会ったときはとてもうれしくなり、自然のいい景色に出会ったように感じます。距離とは人間にとって・・・距離をちじめるから出会えるそこの場所に行くから出会える。距離とは遠くに求めないこと 身近に感じることへのクッションのようなものなのでしょうか。しあわせへの距離を感じれるよう今日も楽しく うれしくなれるように・・・

第 53話   イルカ        ちょうど2000年の頃だったと思いますが宇和海でも三浦湾にイルカの群れを見たことがありました。イルカの群れはおよそ50頭はいたでしょうか。船の下をくぐり気持ちよさそうに泳いでいたのを覚えています。何かにおわれてこの湾に来たのかどうかはわかりませんが・・・あじなどのえさを追っかけてきたのでしょうか。もう16年ぐらい前のことです。海はどこへもつながっているのでとても自由を感じます。こんなところでイルカに出会えるなんてとても光栄でした。イルカはどこから来たのか、何千キロも泳いで旅をしてきたのだろうか。あれからあまりイルカを見ないですね。下波沖の太平洋に面した高知よりのほうがイルカを見やすいのかなと思います。それは黒潮がくるからです。黒潮の蛇行によってこの宇和海にもイルカが来たり海がめが来たりします。自然の動物は自然を利用し(黒潮の流れを利用)宇和海まで来ているのです。すばらしいですね。人間も今はいろいろなものをつくり便利に生活しています。自然を利用して風力発電とか水力発電とかになればいいですね。自然の動物のように人間も何か感じられるものがあればいいですね。イルカに出会えたのはきっとあの頃の私を励ましに来てくれたんだなと思っています。ありがとう イルカ ありがとう 自然!!

第  54話    てこねずし        わたしの実の親は三重県の出身で海のほうの育ちなので母がよくてこねずしをつくってくれてよく食べた思い出があります。てこねずしとは伊勢志摩の料理で、すしにかつおなどの魚をまぶし緑のしそなどをいれたシンプルなおすしのことです。わたしもお魚が好きなのは、母がよくこのてこねずしをつくってくれていたからだと思います。心からつくる料理はとても美味しく感じ、また母のやさしさを感じながら食べたものです。この料理はもう何年も食べていないことに気がつきました。・・・というのも母も今頃料理をつくらなくなったからです。三重に行ったらまた食べられるのかなあと楽しみでもあるのですが、・・・最近時の流れが速く感じてきました。思い出を大切にしたいですね。わたしと母の思いではいっしょにいた時間が長かったのでとてもよかったと思っています。母は料理が上手だったので、小学生の頃はこんなに太っていたんだろうと思っています。健康のありがたみは母がつくってくれたわたしへのお土産です。母に感謝したいと思います。それといつまでもお互い元気でいられるように・・・

第 55話    サイクリング        自転車で三浦半島を走るのはとても気持ちがよくリラックスできる時間です。ここから段々畑のあたりまでは自転車で30分ぐらいのコースです。海が見えてとても景色のいいコースです。山間の道を抜けて坂を下りトンネルを抜けると遊子(ゆす)にでます。このあたりは魚類養殖と真珠養殖が盛んなところで宇和海の潮の香りがするところです。自転車でたまにこのように段々畑まで走ると自分を見つめることができるしまたいい自然の景色いい風に出会えるのです。自然の景色はいつも変わっていてわたしたちが人間に出会うのと同じで今日はいい人に出会えたとかいい自然の景色に出会えてしあわせを感じられる一瞬なのかもしれません。サイクリングで学ぶことは自分の体力をつけることといい自然に出会えること。いい人たちに出会えることなのです。車にのっているとわからないことも自転車にのっているとわかることもあります。それはスピードの違いです。人生もなるべくゆっくりと歩きたいですね。落ち着きをとりもどし心にためをつくれるのはいい自然に出会っているからですね。これからも自転車を通していい自然といい人たちに出会えることを楽しみにしています。

第 56話   虹の森       誰が名ずけたのだろうか。虹の森というところはとても緑がきれいでこのように川原もきれいです。ここへはもう十何年来ています。ジュースとかみかんなどの販売をさせていただいているので、秋になるとみかんなどをもって走っています。ここは温泉もあり山間のきれいな景色がいつも気に入っています。わたしの住んでいるところは海がありますがここは川がとてもきれいでよく川原に座っては川の流れが豊かなんだなあと感心しています。山だから虹もたくさん見られるのかなと思いきや、ここではまだ虹を見たことがありません。虹の森っていいところなのでみなさんも足を運んでくださいね。わたしはいつも虹の森へ行っていい緑を見ていい川原で休んでは心をいやしています。

第 57話   なでしこ       なでしこの花はとてもきれいで眺めているととても愛らしく感じる。ちょうど今頃、秋に咲くのだろうか。コスモスと同じ時期に咲く花なのだろう。今頃は田んぼに赤い色をした花をよく見ます。彼岸花です。なにげなく田んぼ近くに咲いているのをよく見かけますね。秋になるとこのようにきれいな花が咲いていてわたしに元気をあたえてくれます。収穫の秋となりみかんのとり入れ時期となりました。ベランダでなでしこの花を見るとわたしに何か言いたそうな気がしました。部屋に花を飾るのもそうですが、人間は何かひとつ変化の気持ちをもつことにより元気をとりもどせるものです。ちょっとのことでもいいじゃないですか。まずは一輪の花を飾ることからはじめてみませんか。なでしこの花を眺めながら・・・ゆっくりとした時間を大切にしたいものですね。一瞬の時間 出会いを大切にしてくださいね。

第 58話    楽       楽に生きようと思うことにした。楽とは楽しく生きること。苦しいことばかり続けていても成功は訪れない。楽しく生きてこそ成功があると思えるのです。人間の成功とは何なのだろう。自分の人生なのだから自分の自由に生きていこう。海を見ていても海を走っていても海は自由を感じる。船で海を走っているととても自由に感じます。それは道路がないからです。行きたいところへ自由にコースをとれるのです。自分で道をつくるのはとても楽しいことですね。人生でも自分の道をきりひらいて自分で納得のできる楽しい人生にしていってください。そして自分の楽をつくっていってください。自分の人生の見方を変えるとまた楽しみも増えてくるものです。いいことを積み上げること・・・いいことをしてあげること・・・相手が喜ぶことをしてあげることです。人生は楽しみを見つける旅。

第 59話   月下美人      字のごとく月の下で咲く花。しかも一晩だけしか見られない花です。わたしも挿し木から育ててもう何年かたちますが、一度だけ咲かせました。とてもうれしく思いました。月下美人を育てていてこのように花が咲くとうれしくなりますね。夜にしか咲かないので咲いているのも見逃しがちですがいい出会いは突然訪れるものです。自分の心で思っていると電話がかかってきたりするのも何か気持ちが伝わっているんでしょうね。不思議ですね。花を育てるのも人間に偶然出会うのも自分にパワーがあるからだと思っています。何か育てていると楽しみにもなりますし自分にも元気を与えてくれます。出会いでもそうですがいい出会いは元気を与えてくれるものですね。月下美人の白い花に出会えたことに感謝したいと思います。

第 60話   間    間とはいったいなんなのだろう。人間と人間との距離。近いようで遠い。まだ会っていない人にとっては遠い距離であり身近に住んでいる人たちでも会えるとは限らない。空と君との間には・・・という曲があったけど空との間はとても遠い距離に感じるけど雨を見ているとそこを旅してきたんだなと感じる。昨日偶然出会えた人間でも今度はいつ会えるかわからないしもう会えないかもしれないのだ。間をおくということはとても大事なことに感じる。間をおいて話してみるとよく伝わったりするものです。自然の中でもよく見ている空。 雲 ☆ 太陽 その距離はとてもありますが、自然の中では身近に感じますね。身近に話せる友達はいますか・・・まだで会っていない友達もあると思いますが、人生の中には・・・間はとても長い人もいれば短い人もいます。間 ゆとり せめてこころにゆとりをもって人生を歩んでいってください。しあわせは身近にありしあわせを探すのも自分なのです。いい間をつくり人生を楽しいものにしてください。人生はしあわせを見つける旅。

第 61話   スルー     スルーとは流すという意味もある。サッカーでもよくスルーパスという言葉をよく聞く。スルーとはさわらず流すスパすのこと。人間でも売り言葉に買い言葉という言葉がありますが、それにのらないことが大切で、のってしまうとつい言い合いになったりしますので注意しましょう。もちろんそのときに使うのがスルーです。相手があなたに悪いものを与えようとしてもそれをスルーしてしまえばいいのです。けっしてそれにのるようなことはしないほうがいいのです。人生でもいい人生を歩んでいる人はスルーをうまく使っている人です。腹をたてるとストレスになりますしろくなことはありませんね。つまりとりあわないことです。とりあったら負けと思ってください。スルーパスでいい言葉を人に与えられる人間になってください。そしたら人生のいいゴールが生まれるでしょうね。常にいい言葉を使うことですね。いいことをしたらいいことが起きるのはあたりまえのことなのです。スルー・・・うまくつかってくださいね。

第 62話   農業との出会い     わたしと農業との出会いは掲示板のところを読んでもらえればわかるようにサラリーマン生活を20年してからのことです。どちらがいいかというと今のほうがいいです。それは時間を自由に使えストレスもないからです。農業というと何か昔の職業のように感じますが現代の農業はとてもすばらしいと感じています。日本の農業自給率は39パーセントです。それに今ではTPPとかでグローバル系に変わろうとしています。39パーセントしか自給率がないのに海外に売りに出ようとしている日本の農業の体系にみなさんはどう感じているのでしょう。それに高齢者が多くなってきているのもひとつの問題になってきています。若い世代に農業を残していこう。そうしていくためにはいい環境でバトンタッチしなければなりません。時間が自由に使え楽しい農業にしていくには今の考えを進め変化しなければなりません。わたしも農業と出会えたのはとてもしあわせに感じるしまたその出会いを大切にしもう一歩進めたらと思っています。みなさんもいい出会いを見つけて人生を楽しめるようにしてください。サラリーマンを20年したから今がありますし、20年したのでいい出会いがあったんだと思っています。自然という出会いに感謝したいですね。

第 63話   焼き芋     小学生の頃だったか寒くなるとよく焼き芋を食べていた。焼き芋は焚き火の中に入れてシンプルに焼いてそのままいただいていた。今思うと焚き火もなかなかいいものだなと思える。それは冬の寒さが身にしみているから味わえる唯一の楽しみなのです。焼き芋を食べていた頃よく雪も降っていてえひめでも10センチ20センチは積もっていたように思います。よく雪合戦もして遊んでいました。焼き芋を食べることが今では珍しいことになっていて・・・それはてまをかけて火で焼いて食べるほかほかした芋の香りと寒さがマッチしてとても美味しく感じるんだなと思います。あの頃よく遊んだなという記憶しかありませんが、楽しみも今は農業のほうになっているんですが久しぶりに今年は焼き芋をしてみたくなりました。焼き芋のほかほかしたところがとてもいいんですよね。

第 64話   biing と doing       何々をもらったからしあわせとか何々をしてもらったからしあわせとかではなくそのままもなにもしなくていいのがしあわせなことだとか・・・誰かから与えられてしあわせではないと思いますね。しあわせとは自分が感じるもので必ず幸せを遠くに求めてはいけないのです。たとえば自分を自然の中においてみてください。そのまま何もしなくいい景色を見られるのがしあわせではないでしょうか。自然の中を散歩するのもいいですし、好きなことを無理なくしていくことではないでしょうか。biingとdoingのちがいわかりますか。みなさんがしあわせを感じられるのはどんなときですか。昨日いい人に出会えたときいい自然に出会えたとき・・・自由な自分でいられるとき、さまざまなことがいい自分に出会えしあわせを感じられるときではないでしょうか。それぞれ違うと思いますが、人生はいい自分に出会える旅の様なものです。いい自分を探して幸せを感じられるようにしましょう。そのままの自分を大切にね。

第 65話   ドマー二          ・・・とはイタリア語であしたを意味する。よくきいている言葉ですがあしたのことは・・・今日の自分より明日の自分を高めるということだろう。ドマー二いい言葉ですね。皆さんも明日に向かっていい一歩をふみだせるよう日々少しでもいいのでいい自分を見つけて育てていってください。あしたへむかって行こう。だんだんと一雨ごとに寒さも増してきそうですね。山にきれいに咲いていた花です。なんという花かはわかりませんがすごくパワーを感じました。人間でもいい出会いに恵まれればいいパワーをもらえますしまたいい運を運んできてくれます。あしたまたいい出会いができるようにいい発想でいい言葉がけでいい明日へとつなげていってください。ドマー二 (あしたへ)ボーノ(ありがとう)。

第 66話  インプット と アウトプット        人生の中でインプットすることとアウトプットすること。どちらが大事かというとアウトプットのほうだと思います。インプットとは学生生活で勉強とか試験などがよくできるように詰め込まれる教育。アウトプットとは自分の経験に元ずく。何もわからないことのほうが多い人生の中でアウトプットつまり行動していくことは、自分の糧になり経験になるのでそれに納得できるかどうかも重要になる。仕事にしても学生が留学して違う世界を見るのとよく似ているような気がする。実は人間は何もわからないときのほうがおもしろくしかも興味深いことのほうが多い。変にわかってくると自分にプレッシャーをかけたり、いらないことまで考えてしまうので、いかに自分が納得できるかが大事になる。なになにになりたいと義務ずけられたりするとそれがプレッシャーとなり思うような力が出ないときがあると思います。アウトプットする自分にいかにリラックスさせてあげられるか・・・それが無理をしないということだし、気持ちの面でゆとりを持つことだと思います。みなさんも知らない自分をさがしていい人生にしていきましょう。

第 67話      食             人を良くするのが食だと思うんだよね。だから食を大切にすることは長生きすることにもつながるし自分を大事にするってことだよ。一番大事なことだと思うよ。お医者さんは薬で病気を治している感覚があるけど実は薬を飲まないことも大事だと思います。それは人間には自然に治すことができる力もあるからです。薬だけ飲んでいるとそれで治ったように思いますが、実は飲まないでも症状が出ない場合もあります。つまり、人間には錯覚もありますし思い込みもあるのです。その薬で治ったような感覚になるのも飲まないことでわかります。飲まないでも症状が出ない場合もあるのです。だからなるべく薬に頼らない人生にしたいと思いました。一番大切なのは食事です。食を大切にしていると自然に病気もなくなり元気な体になるのです。病院がつくる病気もあります。人間はなるべく」自然に生きて自然のものを多く取り入れ食事に一番気を使うことが健康の源ではないでしょうか。わたしも自然の中で生きていますので、それは一番わかっているつもりです。みなさんも自分の健康は自分の食生活から」改善しましょう。お医者さんにたよるようになったら気を付ければならないのは薬を飲みすぎないことです。なるべく自然にそして食をかんがえるようにしてください。食が一番です。

第 68話    杉豆鉄砲            小学生のころだったか杉豆鉄砲をつくって遊んだことがあった。杉豆鉄砲とはちっさな竹でつくった両サイドに杉豆をいれてそれをひごのようなものでおしてとばすものです。おすとパーンと音がして杉豆が飛んで行った。今では本当に見かけなくなった。昔は手ずくりでいいものがたくさんあったが今では、何かおもちゃ屋さんもすくなくなってきて携帯で遊んでいる子供たちがたくさんいる。これも時代の流れだろうか。自然の中で遊ぶのは心も体もリフレッシュできときにはよく擦り傷もつくってきて心配をかけたものだ。今の子供たちにはない学びをして現在に至っている。自然を見ているといつも同じ景色はないしいい景色に出会えたときはとても元気をもらっています。人間でもいい人と・・・リズムの合う人と話していると気持ちがいいのと同じように自然もわたしに語りかけてくれるのです。ありがたいですね。昨日見た景色は今日見ようとしてもなかなか訪れないものです。いい出会いとはいいこころが運んでくるものなのです。子供のころ遊んだ山 海を眺めていると自然の中の先生のように感じます。自然のもので遊べるしあわせ感というか・・・現代の子供たちにはどう映るのだろうか。自然の大切さ 自然の中に生きている 生かされている自分にもう一度問いかける時間をすこしもつようにしています。みなさんも人生はスローでいい。スローな時間レトロな時間を大切にしてください。

第 69話    フレッシュ           いつも同じことをしているとフレッシュさがなくなるような気がする。いつも同じ道路を通い同じ景色を見ている。旅行をしたり違う人に出会うとうれしくなるのはフレッシュさがそうさせるのだろうか。そもそもフレッシュとは新鮮  新しい  若い きれがあるのイメージが強い。人間はいつもフレッシュでありたいし、あの人に出会えば元気になれると思うような人になりたい。つまり元気を与えられるということは自分にもパワーがあり、オーラがある人です。私も自然の中で働いているのですが自然の木を見ていても元気な木は葉っぱも多いし見るからにいきいきしているのがわかります。自然のものは雨風にあたり太陽をあびているのでとても元気です。人間でも自然の中にいる人と温室の中にいる人とでは元気さがちがいます。都会に住んでいる人と田舎に住んでいる人どちらがいいというわけではないのですが、田舎のほうが自然に向き合うことも多いですし自然からパワーをいただけることが多くなるのも自然なのです。フレッシュに生きよう。よくリフレッシュという言葉を聞きますがこれもフレッシュさをリセットしなおすということですかね。最近は、子供が遊んでいる姿もあまり見かけなくなりました。子供たちも習い事が多く昔のように自然の中で思い切って遊ぶという感覚は薄れてきているように見えます。子供たちの元気に遊ぶ姿にフレッシュさも感じますし自然の青葉、自然のきれいな花 自然の見たことのない景色、違った個性のある人間に出会ったとき、 みなさんもいろいろなフレッシュをさがして人生を楽しんでください。スローな人生になるのもファーストな人生になるのも自分次第です。私はこれからはフレッシュとうまくつきあいながらゆっくりと自分を見つめなおし いい出会いを楽しみに生きていきたいです。 フレッシュ・・・元気 パワー 自然・・・

第 70話   反射           人間でもいい人に出会うと反射の仕方が違うしまたいい経験にもなるものです。いい人といるといい刺激をもらえるしいいアドバイスもいただけます。それが相当プラスになるし勉強になることも多い。反射とはいったい何だろうと考えると、役者でもいい女優と出会えるといい反射をもらえるしいい経験になるものです。いい出会いとはいい反射に出会えることだと思っています。自然の中でもそれは言えることだと思います。いい景色に出会ったりいい動物いい野鳥に出会えるのも元気をいただける秘訣かなとも思えます。みなさんもいい反射をいただいていい元気を身に着けてください。昨日であった人にもう一度会おうとしても会えないときもあるのが人生です。出会いとはある意味一瞬のものだと思います。自分の人生がいいと思えるのは自分の気持ちがいい方向に向いているからだと思います。そしてそれはいい反射をいただいているからなのです。自分がいつもいい考えで動いていればいい出会いに恵まれいい波動になっていくものです。しあわせは身近にある。それはいつも思っていることです。しあわせを遠くに求めないことです。しあわせは自分のの心の中にある。いい反射をいただいていい人生にしていきましょう。

第 71話   フェンダーローズ           フェンダーローズとはいったい何だろうと思っていた。ビリージョエルの素顔のままでという曲に使われている電気オルガンのことです。このオルガンはこの曲の中ではいい音をかもし出していてとても心地よい曲に仕上がっています。ある意味誰もが知っている名曲ではないでしょうか。素顔のままでいられたらいいですね。この曲を聴いていてとてもなごみますし明日も頑張ろうという気にさせてくれますね。素顔のままでを英語で言うとジャスト ウェイ ユー アー だったと思う。曲の最後にビリーが歌っています。このフェンダーローズもとてもいい音 素晴らしいサウンドを作っていると思います。みなさんもぜひ聴いてみてください。

第 72話    サッチモ           サッチモとはジャズを聴いている人ならだれでも知っている名前です。ルイ アームストロングの愛称です。ジャズはとても自由な音楽で、人を元気にする音楽です。アメリカのニューオーリンズはまさにこのジャズ人気がすごいところです。みなさんもよく知っている曲にオ マチニというフレーズで始まる曲があるでしょう。まさにそれは聖者の行進という曲でサッチモがジャズにアレンジして広めた曲なのです。When the saints marthini だったっけ。音楽は時に人を元気にし励ましてもくれます。音楽を楽しんでいる人はとても幸せと思うし、またその輪を大切にしていきたいですね。アメリカのニューオーリンズというところはかつて台風で相当な被害をうけたところですが、この音楽で人が元気になりまた励まされて今のような街になったのだそうです。すばらしいですね。ジャズを 自由を愛する人が多いニューオーリンズ。サッチモの力はすごいなと感じました。そしていつまでもこの音楽が人を励ましてくれているんですね。

第 73話   NNK or PPK       あなたならどちらを選ぶかと聞かれPPKですと答えた。そもそもNNKとはねんねんころり、PPKとはぴんぴんころりを意味する。最近宇和島でもやけに福祉施設とか老人ホームが多くなったと感じる。なるべくみなさんにご迷惑のかからないように老後を過ごしたいものだ。人間だれしも元気でいたいというのは変わりのないことですが、最後はどこかにはいるんかなあ。農業をしていても特に高齢者の方々しか見かけなくなった。日本の農業の平均年齢が確か66歳ぐらいだったように思う。若い方たちがもっと農業をしてほしいと願ってやまない。農業をしていると元気になれるしまた自然のパワーもいただけるので、普通の仕事よりは5年は長生きできると思います。空気もおいしいですよ。山にいて何か食べるものがなかったら空気を思いっきり吸うようにしています。するとなんだか気持ちよくなるんですよ。海を眺め山を眺め空を眺めては元気をもらって1日1日を大切に生きています。NNKにならないようになるべく自然のものをいただき自然の中で働き自然の中で遊んでいます。そんな生活が好きで今でもこのように柑橘栽培に励んでいるのです。自然にありがとう。自然に感謝したいと思います。

第 74話   ひと花          花を咲かせることはとてもパワーがいることですね。みかんの花でもみかんの木が一番パワーを使う時なのです。人間でも一花咲かせようと思ったら日々の積み重ねと努力が必要ですね。でも楽しみながらだからその努力はうれしいものになるでしょう。一花咲かせよう。部屋にでもお花を活けて花のパワーをもらうというか感じるようにしています。それはすこしのゆとりです。そのすこしのゆとりを積み重ねていくことによりいい発想も生まれまたいいイメージで仕事ができると感じています。一花咲かせることは誰にでもできると思います。それには無理をせずに少しのことでも積み重ねていくことなのです。もちろんいいことをですよ。部屋にお花を飾るのも部屋が喜びますしお部屋を少しずつかたずけるのもそれにマッチします。いいことをしていってください人生は自分の考え方次第なのです。人の言葉に左右されず自分の道をゆっくり楽しんで進んでいってください。自分の人生なのだから・・・

第 75話     道         自分の人生の中では道を作るのも自分だしまた切り開いていくのも自分だと思う。道とはどうやってできるのだろうか。まず目的地に行くということを自分で決め、その列車に乗らなければそこへは行けない。人間の社会でもそこへ行くには努力も必要だと思うし、またそこへ行くにはいろいろな人との出会いに恵まれる必要もあります。そこに行くと決めた時から無理をしない自分なりの努力を少しずつしてみてください。すると不思議と道ができてきます。山道を作るのもそうですがこつこつとやっていると人が助けてくれたり、いい元気を運んできてくれるものです。運とはそういうものなのです。まず運のいい自分になることです。いい行動をしていってください。少しずつでいいじゃないですか。道は開けます。必ず。

第 76話     オネスティ          オネスティとは誠実という意味だろうか。ビリーが歌っている誰もが知っている曲ですが、いつ聴いてもいい音楽を楽しませてくれる。昔からビリーのファッションはブレザーにジーンズ姿ですがとてもラフでいい雰囲気をもっている。ビリーのアルバムもレコード盤でいろいろともっていますが、素顔のままでとかオネスティ ストレンジャーといった曲はとてもすばらしくいい曲ですね。ピアノマン ビリージョエルは今でもよく聴いています。誠実とは音楽を楽しみ いい趣味を持ち いい仕事ができ いい人生を切り開いていくことではないでしょうか。誠実でいてほしい 素顔のままでいてほしい・・・ビリーの曲にはどこか心に響くものがあります。ピアノを弾きながら楽しく歌うビリーの曲がなつかしく聴こえてきます。・・・

第 78話     ぬくもり          昔、こたつでみかんを食べていたころを思い出すととてもぬくもりがあったように感じます。ぬくもりとは何でしょうか。安心感  ささえ  ・・・・いい出会いはいい人間関係をつくりいい社会を作っていく。地域でも同じ地域に住んでいても出会わない人が多くなってきたように感じる。携帯電話 スマホの普及!!それはある意味時代を変えた気がする。メール SNSなどどこにいても情報が飛び交う時代になった反面、昔のようにコミニュケーションが少なくなったように思うのはわたしだけだろうか。地域での出会いがなくなり年をとるため孤独になる人も増えている。ぬくもりのある社会にするために無縁から創縁へと切り替わりの時代なのかもしれない。携帯電話 スマホ など老人になってもどんどん使っていくべきであるしどんどん外へ出ていくべきであると思います。ファッションにしても年だからといって年のせいにせずそれなりのおしゃれを楽しむべきです。ぬくもりとはあたたかい人に出会い あたたかいこたつにはいり、あたたかいものを食べる。そういうことの繰り返しが暖かい社会をつくっていくのでしょうか。ぬくもりをもちたいですね。ぬくもりのある輪をつくりたいですね。

第 79話      写真          時間を止めるのが写真だと思う。その一瞬を撮るのが楽しい。シャッターを切っていると人それぞれの時間が感じられるのです。宇和海を面したところにあるモニュメントはこのように今でもいい感じで海を眺めている。ここへ来るとなぜか落ち着きます。ここから見る海はとてもきれいで、遠くに高島も見れます。ここに来るとソーダ水の中にお船を入れることもできます。それほど海が見渡せて心がきれいになる気がします。写真を撮るのはとても好きでよく自然の風景を撮っています。時間を止めるのが写真のいいところかなと思っているんですね。昨日であった風景は今日撮ろうとしてもなかなか撮れません。それほど自然も生きているということですね。みなさんもいい出会いを見つけてくださいね。そこにいい自分がいられるように・・・

第 80話     三浦半島          宇和島にも三浦半島がある。私はそこに生まれそこで育ちました。海を目の前に育ったため海が好きになったのかもしれません。この半島部には段々畑があって最近ではよく観光バスが入るようになりました。わたしもよく息抜きにドライブしています。ここからの景色はとても気に入っていてゆっくり何時間もいたいくらいです。三浦半島部は真珠とか魚類養殖も盛んなところです。宇和島市内から車で15分から20分ぐらい走るともう三浦半島です。サイクリングしても気持ちよく走れますし・・・わたしも何年か前段々畑までサイクリングしたことがありました。ちょうど三浦から1時間ぐらいで往復できます。みなさんもサイクリング楽しんでみてはいかがですか。途中まで軽トラにのせていい景色のところを走るのも気持ちいいのでそういう楽しみ方もありますね。自然が好きなので今は山に行ったり海を見たりして楽しんでいます。自然の動物との出会いや海 空との出会いも大切にしています。三浦半島へ一度来てみてください。そこに見える景色にパワーをもらえることまちがいなし。

第 81話     キングコング          小学生のころ映画館で観たキングコングの印象が強かったのですが、今のキングコングはとても強くてやさしい。キングコングは実は人間と友達なのだと思う。昔からサルは人間に近いのでキングコングも人間の気持ちがわかるのではないでしょうか。現在の映画ではキングコングは島を守る英雄のように見えます。人間が攻撃するとキングコングも怒って人間を攻撃してきます。でも実際のキングコングはとてもやさしい人間を守ってくれる守り神なのですね。人間でも強い人は優しさも持ち合わせています。キングコングの映画を見てどこかキングコングのやさしさと・・・その島を一人で守ってきた寂しさも感じました。映画を見るってどこかに感動が残るんですよね。いいものを吸収してまた明日へまた・・・

第 82話      海月姫(くらげ)          クラゲに初めて出会ったのは小学2年の時です。ちょうど海で泳いでいた時白いクラゲを見ました。このクラゲはところどころにいるときと固まっているときがありました。なぜかよくわからないけど餌の関係なのでしょうか・・・それとも潮の関係なのか生体はよくわかりません。山から見てもこのクラゲがいるところだけ白く見えます。 泳ぐときこのくらげがいるところだけよけて泳いでいました。さされるとかゆくなるし、いたいからです。くらげと友達にはなれなかったけどこのクラゲも水族館でライトを浴びてきれいに泳いでいるのを見ると海月姫というのもうなずけます。三浦の海でよく泳いで教わったことは、三浦の海のきれいさと三浦の海にはいろいろな貝やおさかながいるということ。魚釣りにしてもそうですが、泳ぎを楽しめたのも海があったから。そして海が好きになったのもちっさいころから海の前で遊んだからです。自然に育てられ自然のありがたみということについて今でも感謝しています。今でも船で宇和海を走っているとこのクラゲに出会うのですがあの頃のクラゲと何ら変わらないクラゲが泳いでいます。自然に泳いでいる海月姫。今では友達になる自信はありますよ。みなさんもいい出会いを見つけいい人生にしていってください。

第 83話      タクシードライバー        タクシードライバーと聞いてふと思い出すのは中島みゆきさんのタクシードライバーという曲です。若いころよく聴いていたので耳にたこができるくらいです。ニューヨークなどのタクシードライバーはアメリカ人以外の方も多いようですね。黄色い色したタクシーがよく走っています。信号機も日本は横ですがニューヨークは縦のものが多いようです。タクシードライバーは出会いもたくさんありますしいいもの悪いものもたくさん見てきているのではないかと自分では思っています。みゆきさんの曲でも・・・やけっぱち騒ぎ・・・のフレーズではじまっています。わたしもタクシーに乗る機会は非常に少ないのですがたまに乗るとタクシードライバーさんといろいろお話をしています。宇和島の景気のこととかお仕事のこととかが多いですね。みゆきさんのように天気予報の話はしないですよ。野球の話はします。宇和島もだんだんと昔とは変わってきましたね。私の住んでいるところも宇和島市内から20分程度で帰れるようになりました。ありがたいですね道というのは。そろそろ自分でも人生の道について考えることが多いのですが、このタクシードライバーと同じで、いい道を走れるようにしたいと思います。そしていい出会いがありますように。泣き顔を見て見ぬふりをできるのも苦労人であり、ベテランの域なんですね。気持ちのわかるタクシードライバー、励ましてあげられるタクシードライバーになりたいですね。

第 84話      元気ですか         ・・・・・と自分に問いかけてみる。元気ですよという言葉が帰ってくる。昨日元気でいて出会った人も今度いつ出会えるかわからないのが人生です。出会いとは景色と同じで一瞬のものなのかもしれません。そういう面では野鳥との出会いもそうかもしれません。以前ウグイスの卵を観察していた時に卵からかえった雛がいて少し日がたっていくともういなくなっていたことがありました。人間の出会いでもそんな感じなのかもしれませんね。元気ですかと自分に問いかける。う~んなんとか元気でやっているよ。自然の中で元気に働いている自分がいる。元気なのがいいよ。元気で働けてしあわせだねと誰かが言っている。そう考えると元気でいられるのは何かにパワーをいただいているからなのかなとふと思うこともある。自然に感謝しないとね。そして元気に育ててくれた親にも感謝しないとね。元気でいることはしあわせなことです。身近に幸せを感じられるのもしあわせのひとつ。ちょっとしたしあわせを見つけるのが人生の楽しみになりました。それだけ自分も年をかさねていっているんだなということを実感します。みなさんは人生を楽しんでいますか。人生を楽しむのも元気があるからそしてパワーがあるからです。海を飛び跳ねるお魚は元気で、また海を楽しんでいるように見えます。わたしたちも人生を楽しみたいですね。元気ですか。元気にいい人生を送ってください。わたしも農業を楽しんでいます。

第 85話        手紙           手紙というフレーズも携帯電話という文化が生まれてからあまり使われないような感覚に陥っている。電子メールとはそれほどに素晴らしい文化です。昔は手紙を書いて心を込めてお礼とかまた地域のこととか自分の元気を知らせていたように思います。手紙という言葉自体何か使われていない。自分でもずいぶん口にしていないなと感じるのです。携帯電話ができてどこを歩いていてもみんな持っていない人を探すのがむずかしいぐらいになっていますね。いろいろな情報もこれを持っていれば伝わりますし、伝わりすぎてプライベートのことを書きすぎる面もありますね。手紙だと文字の間隔・・・その人の文字を見れば気持ちもわかるようなところもありましたが、パソコンの文字では昔のように自分の個性は失われます。便利な世の中になっていく過程で、いいものも失われますし、いいものができていくのはいいことですが、それゆえの心配も出てきますね。物は使ってこそ値打ちがありますし使ってこそその物の便利さもわかるのではないでしょうか。人生の時間もこのように便利なものができ新幹線も速くなり、ある意味で、人間の心、時間というものを大切にする時代に突入してきているように感じます。電子メールで済ませるのも手間を省き、時間を有効に使っているのですね。それゆえ手紙のような文化は失われ、気持ちが届きにくい時代なんかなとか感じます。自分で文字を書くことも大事で、鉛筆を持つことも大事だと思います。たまには手紙を書いて絵手紙でもいいじゃないですか。人を元気にするような手紙を書いてほしいですね。

第 86話       野いちご           よく山で遊んでいるとこの野いちごを見つけて食べていました。このいちごはとても甘く自然のものなので今思うと健康にもいいのかなと感じています。草刈りをしていると今年はよくこの野いちごを見かけます。赤い色をしていてよく目立ちますね。ヤマモモとかもこのいちごと同じぐらいの実で食べていると赤く服が染まったことがありました。自然の産物は竹の子にしてもありがたいですね。いちごをゆっくり見ているとなんだか昔を思い出し山でよく遊んだことが懐かしく感じました。

第 87話       虹            虹を見かけることは年に何回かありますね。その時自分はついてると思うことにしています。人間は自分の考え次第です。いい言葉を口にしているといいことが起こり得るしいいことしか起こらないように感じます。自分を高めていくことで自分も成長できているということを実感しています。心を変えることまた考え方を変えること。とても大切ではないかと思います。人間はいつも使う言葉に左右され自分を見失ってはならないのです。たえず自分を信じ自分の振動数を上げていくことが大切です。なにを見ても感動がない人に何を言ってもダメなように、何かを見て感動し自分に反射できる人間になれるように日々自然を観察し自然にパワーをいただいているということに築きます。虹を見ているとすばらしい自然はいい色を作るなあと感激しています。虹に出会えたことに感謝しまた人間にしてもいい出会いができるよう自分のいい心。いい考えで行動ができるよう日々を楽しむようにしています。みなさんの元気はどこからきていますか。それが趣味であったり、仕事であったり、たまにはお部屋にお花を飾ってみてください。それはとても空気をきれいにしますし、部屋の中に自然を取り入れることになります。すこしでも自然に近い感覚でいこうと思います。虹が出たら少し立ち止まってパワーをいただいてくださいね。それがレインボーパワーというのかもしれないですね。

第 88話      サザエさん            サザエさんを見ると落ち着くのはなぜだろうか。昔から長くある番組です。核家族化が進む中で昔のような家族を描いているのがサザエさんだと思います。それゆえ長く続いているんだと思います。家族が多いのはしあわせなことで助け合いの精神も生まれますしまた老人と暮らしていますのでいい知恵も授かるものです。人間は一人では生きて行けないし、そういう面でサザエさんを見ると何か励まされているようにも感じます。現代では老人ホームとか福祉施設などの建設も多くなってきているように・・・宇和島でも感じます。おじいさん おばあさんがいて、お孫さんが一緒に住んで、みんなが笑っている・・・今日も笑っている。今日もいい天気。・・・という家庭が理想の家庭像だとサザエさんが言っているような気がしてならないのです。いいですね。いい家庭をもつということは・・・元気でいてください。元気で人生を楽しみましょう。

第 89話      ガメラ            よくガメラの映画を観に行っていた。そのころの三浦は宇和島市内ま車で40分ぐらいかかっていたように思います。ちょうど商店街にフジがあってそこに映画館があり子供ながらに朝並んで券を買っていたような記憶があります。ガメラは正義の味方でとても子供にも優しいイメージがありました。それにとても強いんです。最後はぐるぐる回ってちょっと顔を出して帰っていきます。観ていてとても気持ちがいいしかっこよかったイメージです。子供ながらにほんとうにこんな生き物がいればいいなと思ったものです。今では宇和島に映画館もなくなり大洲まで映画を観に行っています。映画には夢があり、夢を育てる力があります。きっとガメラもそれを願っていたのでしょう。青い空を飛んでいくひこうき、あれが現代のガメラなのかな。ガメラはかっこよかったし、子供に夢を与える存在だった。ガメラのように強くなろう。ガメラのように優しくなろう。そう思わせてくれたガメラにありがとうといいたいですね。

第 90話    はさみ将棋            小学生のころだったかよくはさみ将棋をして遊んだことがあった。将棋の歩を10個並べはさみあう将棋です。とても楽しかったのを覚えています。卓球とか将棋でも何十年ぶりというニュースを聞くとすごいなと思えるしまたみんな若くてそのような成績を出しているのだから。今は英才教育のようなものもありますし、小さいころからやっているとなんでもうまくはなりますが、ただ飽きないことですね。精神面も鍛えておかないと優秀な選手にはなれないのかもしれません。日本もずいぶん昔と変わってきたのでしょう。子供を育てるにしてもいい環境でないと今はなかなかむずかしいかもしれませんね。人間はもともと素質を持っていてそれを伸ばすのも自分であるのですが、その素質に気が付いていない人のほうが多いように感じます。将棋にしても 卓球にしても昔はあまりメジャーではなかったように感じますが、今ではメジャーになってきていると思いますね。東京オリンピックも開催されるのでとても楽しみです。将棋でもいろいろな遊び方があるんだなとそのころ思っていました。今の子供たちは習い事が多く昔のように遊んでばかりいたら、何十年ぶりという快挙は達成できないのかもしれません。みなさんも自分の素質に気が付いたらそれを少しでいいので伸ばしていってください。それがいつか楽しみになり何十年ぶりといった快挙につながっていくことでしょう。人生でも好きなことを見つけ楽しく練習していくことが花を開かせることにつながるのだと思います。

第 91話      無人駅           ここには3日間で500人ぐらいが訪れるらしい。夕日の見える無人駅です。松山から少し離れたところにある無人駅 下灘(しもなだ)。ここは海岸線で海がよく見えて夕日のきれいなところです。私も夕日の写真はよくとっていたのでここは私のお気に入りの場所といえるでしょうね。・・・といいながらまだその横は通ったことありますが実際にそこへ行ったことはありません。無人駅というと人があまりいないような感じに見えますがここはよく全国から人が来ていて人気のあるスポットなのです。海が見える駅としてやっぱり落ち着きがあり人を励ましてくれる駅なのかもしれません。何かにつまずいたときまた人生を見直して新たな出発の原点になっているのかもと思います。ひとはいつも活発に動いているわけではなく、時には落ち込んでさびしいときもあります。無人駅に来ると海も見えるしきれいな夕日に励まされまた元気を取り戻すのだと思います。私も自然の中で働くことが多いのでたまには海を見ながらゆっくりしたいなあと思うことがあります。そういう思いをみんな抱いて一生懸命生きているんだと思います。生きていることは素晴らしい出会いを生み、またすばらしいきれいな景色を見せてくれます。何もないところと思っているところが実はいいところでこころを癒してくれる場所なのかもしれませんね。下灘の無人駅には何かそういう力があるんだな。それな自然のパワーなのかもしれないですね。元気でいましょうね。またいい出会いのために・・・

第 92話     下灘駅           ちょうど山間を少し走ったところ 小高い所にある無人の駅です。宇和島の近くにもこういった地名は多い。海を面している地域には塩屋とか下灘といった名前がよく付けられているようだ。きっと昔は塩などをつくっていたところが多かったのかなと思う。ここ下灘駅へ来ると海の景色がよく天気のいい日には海も青いし沖の眺めは最高にいい。ここへ人が集まるのもうなずけるような気がする。テレビでもよく紹介されているこの駅ですが、人は何かを求めてここへ降り立つのだろうか。プラットホームではコンサートなども行われて夕日の見える駅として有名になっている。前にも書いたけどここに来る人たちは海を見て夕日を見てきっと何かの夢を見てここへ集まるのだろうか。何か落ち込んだ時 壁に当たった時 挫折感をいだいてくるひとたちもいるだろう。人は海を見て このいい景色の中でまた元気をとりもどし パワーをいただいて帰っていくのでしょうか。何もないところだけどそこには何か元気付けてくれるものがある。自然への感謝!!ふと駅の横を見るとひまわりの花がわたしを祝福してくれているように感じました。

第 93話      ぎらぎら           夏が来るとよく思い出すのが友達とよく海を潜り貝を取って食べていたことです。そのころの三浦の海はあさりとかしりだか、にな ねこのまくら など水中の中を見るとまるで水族館に来ているのと同じくらいの間隔があり、海で泳ぐのがとても楽しかったし、また海によく鍛えられたのと、海でよく遊んだので今でも三浦の海はとても親しく感じます。夏の海はとてもぎらぎらしている。夏の海はとても元気に見えた。小学生の頃はよく伝馬船にものって遊んでいたので櫓をこぐのも自然とできました。海でよく泳いでいたので夏に自分の顔を見てみると日焼けしていて真っ黒でした。それと三浦の海はよくカキなどが岩に付着していて足などをきってよくカットバンなどを張っていたような記憶もあります。ぎらぎらの海を見ていると、真夏の太陽の下で水中にもぐって元気に遊んでいた自分をふと思い出すときがあります。それはこのぎらぎらの海が私に元気を与え泳ぎを教え 自然の豊かさを教え 今の私が育ったのだと思います。三浦のぎらぎらの海、まるで真珠をちりばめたようにさえ見えます。夏になると今日は真珠のようにぎらぎら輝いた海が見えるのだろうかと楽しみも増えます。夏 麦わら帽子 影法師 真珠のような海 また暑い夏が来るんかな・・・でもその暑い夏を存分に楽しみたいな。

第 94話    結婚しない症候群          今や女性の4人に一人男性の7人に一人が結婚していないという。私の住んでいる地域も少子高齢化の一途をたどっている。今の日本は昔に比べるとずっと豊かになったし女性一人でも十分生活ができている人が多くなった。それだけではないと思うのですが結婚をしない人があちらこちらにいる。どちらがいいとは私もいいがたいのですが、どちらかというと結婚していたほうが落ち着けるとは思うのですが・・・ひとりでいると自由を満喫できるのか今は、そういう時代になったような気がします。地域も子供が減り小学校を維持していくのも大変な時代になりつつあります。これからは小学校などもどこかの小学校と合併して効率化を図るようになるのかな。なんだか寂しい気もしますがそれも時代の流れです。日本もどちらかというと女性の時代になりつつありますね。それも日本が豊かになった証拠ではないでしょうか。結婚するしないは別にしてもいい時代に生まれていることには変わりはないのです。今や携帯電話の時代になりSNSなどの普及により情報の流れも速くなりメールなどを使う人が多くなり昔のように手紙を書くことも少なくなってきているように感じます。手間をかけない時代になってきてもいますね。コンビニなどのファーストフードなど、食に関してもひとりでの食事はこれに頼ることが多くなりますね。時代もだんだんと変化しているんだなと思います。結婚しない症候群、最近やけに老人ホームとか福祉施設が多くなったように感じます。核家族化が進み一人暮らしも自然と多くなってきますね。ほんとうの結婚とは人生をともに歩いていくパートナーを見つけることと、その中でしあわせを手にいれることなのでしょうか。豊かな時代に生まれたからしあわせになれるのかといえばそうでない場合もありますね。人生とはみなさんがいい出会いを見つける旅のようなものではないでしょうか。いい人に出会いその出会いの中で結婚するかしないかは自分で決める。その一瞬を大切にしていってください。そうすればいい人生を歩んでいけるのではないでしょうか。

第 95話         ビッグブルー              ビッグブルーとはそもそもシロナガスクジラのことを言う。16メートルから20メートルもあるクジラは海の中でも雄大でとてもビッグだ。とても一緒に泳ぐ気になれない。あんなにおっきな怪物と泳ぐのは少々抵抗がある。オーストラリア南東部によくクジラが集まる場所があるという。そこにはいい潮目がありクジラのえさとなるプランクトンをおってオキアミなどのちっさなえびのようなものが発生しているからである。そのオキアミを追って小魚とかも大量に発生するのだろう。クジラは時速30キロ以上で泳ぐ。まさに地球規模で移動し世界の海を動き回っている。一番世界の海を知っているのはビッグブルー(シロナガスクジラ)なのだ。まさにその名前のごとく世界の海を行き来しているのだろう。クジラは何を考え何を求めてその海を動いているのだろうか。シロナガスクジラの体系を見てみるととてもスマートな体系をしていてスピードが出るように作られている。世界の海を渡っていかなければならないので自然とそういう形になったのだろう。クジラの雄大さ 潮を吹きもぐるときの海面に浮かぶしっぽが印象的だ。青い海を泳ぐクジラ。人間もあのように雄大に そして行動し いい自分になれるよう努力する必要があるんだなと思わされました。

第 96話        道              人間にはいろいろな道があってその道を私も歩いている。いろいろな道とは自分の好きな道、普通の道路 農道 そして大切な人生の道、道の中には楽しかったり 寂しかったり 苦しかったり・・・その道を決めるのも自分です。人生にはいろいろな道があるものです。その道で出会う人もたくさんいることでしょう。その人たちとの出会いを大事にするのもいいでしょう。その道にたどり着くにはやはり少しの行動積み重ね 努力が大切になります。少しのことを淡々とこなしているうちにすこしずつ道ができてきているのです。道は急にできるものではなく、たんたんと仕事をしているうちにできてくるものです。人生の楽しみもそれと同じです。楽しい楽しいと思って仕事をしていると本当に楽しくなってきます。まずできることから始めるといいでしょう。道を作っていく・・・まずどういう目標があるのか楽しみがあるのか、少しでもそれに近いところへ行くには行動しかありません。サッカー選手でもJリーグを追われフリーになるとまた一つの目標を見つけ自分を高めてちがう国へと旅立つのです。そこは自分の個性を磨く場でもあるしどうすればうまくなれるのかどうすればいいプレーができるのか・・・もがいてもがいていい自分を見つけるのです。20か国も渡り歩いてサッカーをやっている選手はいい個性がありますしまたいい感覚を持っています。今のサッカー選手は技術面とか平均化されていて個性が失われているように見えます。いい個性とはずばぬけて足が速いのに技術はもうちょっととか、インパクトのある選手なのだろうか。それを磨いているうちに気が付けば世界的な選手になっていたりするものです。それと同じで仕事でも趣味でも個性を磨けばまたそういう気持ちがあれば向上していけると信じます。すこしのことでもたんたんと努力していくうちに道ができるのです。自分はダメだと決めつけないでほしい。自分には素晴らしい能力がありまたそれを活かすこと。その能力に早く気が付いて伸ばしていくことこそが大事ではないでしょうか。人間には誰しもその人にしかわからない能力があります。それを活かすのはあなたです。自分の道を早く見つけてそれに向かっていってください。できることから少しずつ楽しんでいけば道も開けてくるのではと思います。

第 97話     夕日    夕日を見るのが好きでよく写真も撮っています。なぜか夕日を見ると優しくなれあのオレンジの光にパワーをいただける気がします。特に海に沈む夕日は美しくいいオレンジ色を演出してくれます。わたしもみかんを作っているせいかオレンジ色にはなぜか引き寄せられます。いい色ですね。自然のいい出会いも突然やってきて一瞬のうちに去っていきます。人との出会いもいつもそう感じることが多いです。いい出会いを大切にしていい人生につなげていってください。いい自然との出会い人との出会い・・・その一瞬を大切にしたいですね。夕日を見ているとこのおおらかな海にマッチして自分でもいいパワーをいただいている気がするんです。気持ちの面でゆとりを持ち心を落ち着けられる時間。それを持てるのは、自分の時間を大切にしているからなのでしょう。

第 98話    夏の海    夏の海を走るのが好きでよく船外機などで海へ出ます。夏の海は青く澄んでいてきれいです。この素晴らしい自然を走ると心が洗われて落ち着いていられるので・・・海の力ってすごいですね。夏の海は真珠のようにぎらぎらと輝いているときがあります。夏の海は夕方ごろになると風がやみ凪のうみへと変化します。いつも見ている海・・・きっとわたしが知らぬ間にパワーを与えてくれているんだと思えます。この広い海と友達になり船で走っている時。。。青い空 海の風 白い波 白い雲このような自然と一体になれた時何かを感じ人は元気になれるんだと思います。そういうリズムを感じれるのが海の力なんでしょうか。夏の海は私に元気を与えてくれるいい友といえるでしょうね。

第 99話   蝉とり    夏のまっだな中小学生の頃 竹を使って蝉をとったことがあった。竹の先にハエとり紙のねばねばしたものをつけて蝉をとるのです。今は見なくなったがとても懐かしく感じます。あのころのわんぱくなガキの頃が懐かしい。あの頃の蝉もよく鳴いていたな・・・おっきな蝉が取れた時はうれしかった。このような空蝉をよく見るようになるのは暑い夏の摘果の時期です。どうしても柑橘の栽培は夏が忙しくなります。何度も山に行っていると出会えるのが蝉のぬけがらです。きれいな青い海を見て飛んで行ったんだろうな・・・蝉もこの暑い夏を精一杯生きている。私も負けずにみかん山で汗を流しています。

第 100話 夏のひまわり   夏になるとこのひまわりがきれいにさいてくるのが楽しみです。黄色いひまわりが海辺に力強く咲いています。何個あるのだろうか誰がこんなに植えたんだろうか。きれいなひまわりがよく目に留まり道路を飾ってくれています。黄色い色は元気の色と自分で勝手に決めつけてはいるもののこんなに多く黄色いひまわりがあると数倍元気になってくる気がしています。いつも思うのですがお花とか人でも元気な人といるとパワーをいただけて自分も元気になれます。おおきな木の近くにいると元気になれるのと同じような感じです。わたしはいつも柑橘の木といることが多いのでたまにこのひまわりを見つけると新鮮に見えてきてこの黄色いパワーはすごいなと感心しています。いい夏になるといいな。心地よい潮風を受けながら自分を励ます日々です。

第 101話  しあわせへの一歩    人はなにかにあこがれそれにチャレンジしていく。その気持ちこそが大事で少しの積み重ねがいずれは大きな力となって自分をささえてくれているんだと思います。早く自分の目標を見つけ一歩を踏み出そう。自分の好きなことを早く見つけ少しずつしあわせへの一歩としていこう。わたしは昔から海を見て育ちましたので、海を見ない生活はできないと思います。それゆえこの青い海と友達になりきれいな景色の中でその一歩を伸ばしていけるようにしたいと思います。自分に自信ができあとでその道を振り返った時、しあわせの足跡ができていればいい。しあわせへの一歩とはそういうものなんですかね。

第  102話   運動会    10月になると極早生みかんの収穫が始まります。ちょうどそのころ運動会が行われ子供のはしゃぐ声をききながら運動会に極早生のみかんをいただいていたことを思い出します。ちょうど私が小学生の頃まだ人数も多くにぎやかだったころのお話です。秋になると運動会を見る楽しみいろいろな種目があります。人それぞれ個性が出ますので楽しい運動会になります。あの頃父と母もPTAの関係で種目などが与えられて運動会に参加していたように思います。運動会には地域をまとめる力と人と人とのコミニュケーション、人とのつながりというか輪を作るには最適だと思います。今思えば私も地域の皆さんに支えられ知らず知らずのうちにたくましくなり育ってきたんだと思います。それほどこの秋の運動会の思い出がよみがえり、極早生の時期になるとみかんをいただいておいしかったことが忘れられません。よーいドン・・・人生もいいスタートを切れるようにいい行動をし日々元気でいられるのはあの運動会のおかげかもしれませんね。

第  103話  オレンジ色の蝶    9月から10月にかけて見かけたと思うのですがこの蝶が飛んでいる時期は秋口だと思います。オレンジ色のお花にとまって蜜を吸っているんだろうか・・・きれいなオレンジ色をしていて少し黒い斑点が見られます。蝶は遠く何千キロも渡ってくるものもあるらしくよく観察していないとすぐにいなくなってしまいます。人との出会いでもそうですがいい出会いは一瞬のうちに去っていきます。いい人生を歩いていきたい。オレンジ色のお花とオレンジ色の蝶に元気をいただいて今日も元気に生きている。

第  104話  鹿の角     最近鹿がやけにピーつて鳴いている。鹿の声はとても高くピーっと長く山に響いている。そういえば今年の最初の頃だったか草刈りをしているとこのような鹿の角を同じところで2本も拾った。やはりこのあたりにも来ていたんだなと鹿の角を拾ってそう思いつつ注意しないといけないなと思いました。このような自然との出会いもそこに足を運んでなければ出会えないものなのですね。人との出会いも不思議なもので近くに住んでいても1年も出会えていないのがざらのような感じです。コロナ禍で出会いが少ない中でますます人との輪がなくなっていくようで寂しいです。私は自然の中で働いているので自然との出会いを楽しみにしています。きっとこの鹿も私に会いたくてここへ来たんだと勝手に思っています。鹿の角は犬がくわえて遊ぶのにいいそうで切って加工している人もいるようです。いろいろと利用できるものですね。それにしてもこのりっぱな角。今では家の中に飾って楽しんでいます。

第  105話  マンハッタン ヘンジ     ニューヨーク摩天楼の間を落ちて行く夕陽のことを言う。誰もこの夕陽を見て心を落ち着かせ夢へと向かって生きていく。夕日とは人に力を与え夢を見させてくれるものなのかもしれない。誰も共通に与えられている朝陽を見ること夕陽を見ることはというより太陽に感謝し太陽の下で生きて来た人間に昔から与えられてるエネルギーのようなものなのかもしれません。ニューヨーク摩天楼を照らす夕陽は美しく人の心を落ち着かせてくれる神様のように見えます。

第  106話  月下美人     月下美人というお花を育て始めて初めて白いお花が咲いたときはとても感動しました。一枚の挿し木から育てて3年ぐらいかかったでしょうか。長い蕾が膨らんでくる様子とかいつ咲いてくるんだろうとか半信半疑でしたが、咲いた時の喜びは今でも忘れることはありません。本当に一晩しか咲かないお花。ちょっと忙しくしていると咲いてくるのを見逃していることもありました。それぐらい咲いた時の一瞬を見逃してはいけないお花のひとつです。人との出会いでもそうですが、いい人との出会いは一瞬のように過ぎていきます。その一瞬の時間を大切にするようになったのは月下美人との出会いがあったからかもしれません。育てることの喜びいい人との出会いの喜びは人を元気にする特効薬なのかもしれませんね。

第  107話  とどめおかまし三浦魂     今も三浦小学校にある碑に書かれている言葉。ちょうど三浦西と東の小学校が合併して建てられた碑に刻まれているこの言葉の意味を考えると何か自分も頑張らないといけないなと思える。あの頃は子供も多くにぎやかな小学生の頃を過ごしました。遠泳大会などもあり今では考えられないくらい危ないことをしていたなと思います。それゆえ私も海に鍛えられたくましくなったのだと思います。遠泳大会とは三浦小学校の前から向こうの岸あたりまで往復800メートルを確か5年生と6年生で泳いだ記憶があります。もちろん父兄の方たちが帆走はしてくれていました。今考えるととても危ないことをしていたなと思うのですが、あの頃の時代はそういうことは気にかけない時代だったのでしょう。 800メートル泳げた自信と精神力が身についたのかなと思います。それがこのとどめおかまし三浦魂という言葉に表れているような気がします。この碑の前に立つとあの日を思い出し頑張ったことがつい最近のようによみがえってきます。

第  108話  缶けり     よく缶蹴りをして遊んだことがあった。缶蹴りとは一人が鬼になりほかの人は隠れるという遊び。今は見なくなったけどよく遊んだ。もういいかい もういいかいと言って鬼がつぶやいている。もおいいよというと鬼が探し始める。鬼がいなくなるすきを見て真ん中に置いてあった缶をけりまた隠れる。身近なものを使った遊びが多かったように思う。昔の話になるけどとてもわんぱくに遊んだ。あとになって思うと自然の中で遊んだことが今の仕事にも生かされていることもあるんだなと気が付くことがあります。昔に比べればずいぶん街も近くなりトンネルもできいい道路ができている。今はゲームとかユーチューバーになる人が多い時代。レトロ感覚で遊んでみたら逆に面白いのかもしれない。缶蹴りをしていた時代はスローな時代・・・今では時間も早く感じまた年をとるのも早く感じる。もういいかい もういいかい…いい人生を送りたい。この早い時代から抜け出したいと思うのは私だけだろうか・・・

第  109話  貝柱     貝柱とは真珠貝の柱のことです。よく冬になると焼いて食べたり、フライにして食べたり生で食べるのは酢味噌がおいしい。この地域では今は手が出ないくらい高く高級品になってしまった。海と山に囲まれた地域なので自然のものはとてもおいしく特に自分が作ったものをいただくのはおいしいものです。私は農業をしていますが農業をしていて一番うれしいのは自分が一生懸命作ったものを食卓で食べた時の感動です。少しのことにも感動できる心を養える農業を一日一日楽しくできているのはやはり自然が好きだからなのかもしれません。何はともあれ自然の中で働き自然の中で学び自然の楽しさを教えてくれるこの地域に育ったことはわたしにとって幸せなことだったと思いますしこの自然にパワーをいただいて元気に仕事をしている自分にありがとうと言いたいと思います。今では貝柱もあまり食べなくなりましたが、あの頃いただいた貝柱の味は今でも忘れられません。この地域に生まれ育った自分があるのも海の幸山の幸があったからだと思います。自然に感謝すること。そしていつまでもこの自然の中で元気に働かせてくださいと願わずにはいられません。自然の中で自分も育てられていることにやっと気が付きつつ年代になりました。ありがとう自然!!

第   110話  水平の石     小学生の頃よく浜辺に降りて石投げをして遊んだ。石投げとは遠くへ石を投げることもそうですが一番印象に残っているのが水平の石を拾って水辺を何回きれるかという石投げでした。野球でいうとアンダースローのような投球ホームで投げて水辺を何回きれるかということです。5,6回きれるととても気持ちがよくトントントンと海辺をきる石に感動を覚えます。小学生の頃海で遊んだ記憶が多くあるので海には感謝の気持ちがありますね。海と山がある地域で育ったのでそのことが今の農業にも役立っているのかなと自分では思っています。子供のころの体験は大切な贈り物のように感じます。海と山に向き合えてよく遊ばせてもらいました。いい出会いをしたいですね。いい景色に出会えた時海と山のすばらしさ自然の体験が今も私を支えています。いい風を受けて水平の石を思いっきり投げた幼いころの自分が今も思い出されます。いつまでも海と山で育てられているんだなと感じる今日この頃です。

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